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この国で働くのがバカらしい~『日本を降りる若者たち』
下川裕治著(評:清田隆之)

講談社現代新書、720円(税別)

  • 清田 隆之

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2007年12月7日(金)

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日本を降りる若者たち

日本を降りる若者たち』下川裕治著、講談社現代新書、720円(税別)

 大学生の頃、リュックひとつで海外を放浪してくる友人がたくさんいた。いわゆる「バックパッカー」というやつだ。

 授業もろくに出ず、短期バイトで集中的にお金を稼ぎ、それを軍資金に物価の安いアジア諸国をまわる。とりわけ人気があったのはタイとインドで、帰国後、彼らの多くは「向こうで価値観が変わった」と口を揃えて語っていたものだった。

 僕はそんな彼らの言葉にコンプレックスのようなものを抱いていた。というのも、自分は一度も海外に出たことがなかったからだ。言葉もわからず、空気も食べ物も違う国になぜ進んで行きたがるのか? そんな理論武装をして、海外旅行のチャンスを避け続けてきた。

 「ガンジス川には死体がフツーに流れていた」「バンコクで盲目の路上ミュージシャンに出会った」なんて自慢話に「へぇ」とうなずきつつ、「そんなのを見ただけで変わる価値観なんて、もともと脆弱だったんだよ」と心のなかで悪態をついた。

 何がそこまで気に入らなかったのかといえば、彼らの言葉の裏に「日本は狭い」「この社会は息苦しくてダメだ」というメッセージが込められていたからだ。

 「気楽な学生の身分で生意気を言うな」という想いもあったし、その息苦しい社会から一歩も出たことのない自分を暗に否定されたような気にもなった。ただのヒガミと言われてしまえばそれまでだけれど。

 そんな経験があったからかもしれない。書店で本書を見かけたとき、ハッとした気分になった。

〈バンコクをはじめ、増え続ける「外こもり」
彼らがこの生き方を選んだ理由とは?〉

 帯のコピーを見て、すぐに彼らが思い浮かんだ。「放浪の果てに、ついに日本を捨てたのか……」と、勝手な想像をめぐらせた。「外こもり」とは、日本で稼いだ資金を元手に、それが尽きるまで何もせずに海外で暮らす人々のことを指す。そんな若者が増えているというのだ。

 僕は今、この原稿をバンコクで書いている。これが生まれて初めての海外ということになる。縁あってタイに来た。本書の舞台である「カオサン通り」も丸一日かけてぶらついた。

自分がいても「気にされない」場所

 とにかく驚いたのは、気候のよさと物価の安さだ。情報としては知っていたものの、実際この真冬にTシャツで出歩き、70円ほどで買える瓶ビールをラッパ飲みしてみると、悩みも自意識も吹き飛んで、ただ単純に浮かれた気分になってくる。ややもすれば、この原稿を書く手すら止まってしまいそうだ。

〈遊んで暮らしていても、誰も関心を示さない社会。外こもり組がバンコクという街を選んだ理由でもある〉

 旅行者の多いカオサン通りに限った話ではない。どこで腰かけてビールを飲んでいようと、誰にも変な目で見られることはないのだ。現地のタイ人にしたって、例えば酒を飲んでボードゲームに興じるマンションの警備員、制服のまま路上のベンチでゴロ寝するバイクタクシーの運転手など、辺りを見渡せばそこら中で仕事をサボっている。いやむしろ、サボるというよりは、それがスタンダードな労働感覚なのかもしれない。

 気候や物価によって浮かれ気分が形成され、人目を気にすることのない開放的なムードにとろけるような居心地のよさを味わう。そして口をついて出てくるのは、例えばこんな言葉だ。

 「今頃みんな、狭い日本であくせくバカみたいに働いてるんだろうな……」

 これはまさに、あのバックパッカーの友人たちから聞いた言葉だった。妙な優越感があった。彼らもこんな気分だったのだろうか。

〈僕はそんな優越感を否定しているわけではない。人間はそんなに立派な存在ではないし、ちっぽけな優越感であっても、それで一日を乗り切るぐらいのことはできる。ひとつの処世術といってもいいのかもしれない。しかし一部の若者にとって、留学体験は精神的な逃げ場をつくってしまっていることをときどき感じてしまうのだ〉

 精神的な逃げ場――。この言葉は、著者が外こもりの若者たちを取材していくなかで見抜いた本質のように感じる。

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