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(14)都会の「限界集落」、ゴーストマンション

終の棲家になるために欠かせないこととは

  • 山岡 淳一郎

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2007年12月13日(木)

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 「限界集落」という言葉がある。

 提唱者の大野晃・長野大学教授は「65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ田役、道役などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落」(『農業と経済』2005年3月号)と定義している。高齢化が極限まで進み、就学児童はおらず、共同体を維持できなくなった集落と言えよう。国の調査では1960~98年の間に1713の集落が消え、さらにその後の10年間で2200集落が消滅すると予測される。

 村に人が住まなくなると、山野は荒れ、川は暴れて自然災害が上流から下流へと拡大していく。過疎地の限界集落は、都市部の生活にも大きな影響を及ぼすのである。

 一方で、都市の中にも「限界集落」に似たスポットが出現し始めている。

 いわゆる「ゴーストマンション」だ。松本恭治・高崎健康福祉大学教授は、全住戸の半分以上が空室になった分譲マンションの事例(群馬県内)を次のように報告している。

Aマンション
30区画内16区画空室。91年分譲、高崎市郊外、地上3階地下3階、斜面地下部分がすべて空室。(管理)業者倒産が原因。委託管理。
Bマンション
20区画内全戸空室。91年分譲、藤岡市未線引き地区、5階。開発業者が資金繰り困難になり、一部下請けに押し付け、社宅として買収した企業も社員に払い下げた結果、管理が崩壊した。共用部分の電気代未納で電力供給を打ち切られ全戸空室化した。転売転貸ができず競売多発ながら不調続きである。
Fマンション
店舗、事務所、住宅の複合ビル、58区画。78年分譲、前橋市中心街、10階。4階以上が住宅だが空室も多い。店舗事務所はすべて空室。委託管理、競売事件多数。2005年に1戸5万円の競売予告があった。50万円で落札した。

(『都市問題』2006年5月号より)

 これらのマンションがゴースト化した要因には事業者の倒産など個別の事情も挙げられるが、共通しているのは維持管理の崩壊が直接的引き金になっていること。

 維持管理が崩れる背景には農山漁村の限界集落と同じように住民の高齢化が横たわっている。そして、管理機能がマヒした途端、マンションはゴースト化への坂道を転がり落ちる負のスパイラル現象が生じる。ゴーストマンションの住民たちは、砂のようにバラバラになって、社会の底辺へと散っていく。

 友人の臨床医によれば、高齢者の最も切実な欲求は、「好きな人と好きな所で暮らし続けたい」というもの。限界集落であろうがゴーストマンションであろうが、このニーズは変わらない。

マンションは終の棲家になれるのか

 国交省のマンション住民への意識調査によれば、その半数が「マンションを終の棲家にしたい」と答えている。「終の棲家」とは「終生住んでいるべき所」または「最後に住む所」。その情緒的なことばの響きの裏には、いずれ迎える「死」への思いが張りついている。多くの人がマンションを「終の棲家」にしたいとはいえ、マンションで「看取られたい」わけではない。現実にマンションの「畳の上」で死ぬのは難しい。

 死を迎える場の国際比較によれば、日本は病院死が全体の81%を占め、高齢者施設等3%、自宅等が16%。米国では病院が41%、高齢者施設等22%、自宅31%。オランダは、それぞれ30%余りでほぼ均衡している。欧米に比べて日本は自宅や高齢者施設等での看取りが極めて少ない。日本の病院で、かくも多くの死が受け入れられてきたのは、「社会的入院」の受け皿とされる「療養病床」が三十数万床あり、それらが米国の「ナーシングホーム」と同じような機能を果たしてきたからだ。

 しかし、近年、厚労省は公的医療費を抑制する観点から病院の「療養病床」を大幅に減らしつつある。国は、医療費がかかる病院から高齢者施設や自宅等へ、看取りの場を転換しようとしている。

 では、病院から追い出されても、自宅に戻れない高齢者はどこへ行けばいいのか。

コメント2件コメント/レビュー

個のその時の都合で住みたい場所に住み、終の棲家にしたいと考えてきたつけが後の世代に送られている、ということではないか。人口が減少し、高齢世帯の割合がしばらく増え続けるということは、ゴーストタウン、マンションは増え続けることになろう。しかしまだまだ新築を立て続け、若い世代は利便性で住まいを探す。人は死ぬし、人はつながりの中で生きている、ということを忘れず、看取ること、看取られることも考え、共存できる生き方をしなくては、と切に思う。高齢者が好きな場所に住まうことが看取る世代に負担をかけ、若い世代が仕事・子育てのために住まいを決めることで親、祖父母や高齢者と隔絶された生活をすることを改めることも必要ではないか。この記事には共感でき、考えさせられた。(2007/12/14)

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いただいたコメント

個のその時の都合で住みたい場所に住み、終の棲家にしたいと考えてきたつけが後の世代に送られている、ということではないか。人口が減少し、高齢世帯の割合がしばらく増え続けるということは、ゴーストタウン、マンションは増え続けることになろう。しかしまだまだ新築を立て続け、若い世代は利便性で住まいを探す。人は死ぬし、人はつながりの中で生きている、ということを忘れず、看取ること、看取られることも考え、共存できる生き方をしなくては、と切に思う。高齢者が好きな場所に住まうことが看取る世代に負担をかけ、若い世代が仕事・子育てのために住まいを決めることで親、祖父母や高齢者と隔絶された生活をすることを改めることも必要ではないか。この記事には共感でき、考えさせられた。(2007/12/14)

人が最後をどこで迎えるかは難しい問題です。欧州の知人の例ですが、末期癌で入院していた奥さんが亡くなったと聞いて、お悔やみを言ったときに、彼は、最後はモルヒネが聞いて苦しまないで死ねた、それに、あと一日くらいと言われて自宅に戻り(戻され)、家族や知人に囲まれるようにして死ねたし、一瞬だが、意識が戻って、皆にさよならを言えたのも、よかったと答えました。何とも言葉の返しようがなかったことを覚えています。その国では、原則として、死期が迫った患者は自宅に戻すそうで、こういう場合、統計的にはどう分類されるかは知りませんが、関係者一同壮絶というか凄いな、と思いました。日本の場合、逆で、終末期には病院に送り込んでしまうのかも知れず、高齢者用の専用マンションも、そもそもどういう形で死を迎えるのか、また、ホスピスとの違いは、と考えていくと、簡単ではないな、と思います。しかし、特に大切なことは、家族や友人と切り離されないことだろうと思いますので、この手のマンションを現住地から遠い土地に考えるわけにはいかないでしょう。小生どもの場合なら、まあ、今いるマンションが終の棲家になるよう、管理組合の運営方針を(徐々に)対応できる形に変えていくことかしら。(2007/12/13)

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