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【第17回】 旧東ドイツとチェコでの体験

ぎしぎしに管理された国の、感性の鈍い音楽は肌に合わなかった

  • 諸石 幸生

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2007年12月14日(金)

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 ヨーロッパで録音していくことの難しさが次第に分かってきた川口義晴さんだが、東欧側での経験はさらに深刻な体験をすることになった。それは旧共産主義国家の閉塞した社会状況そのものが川口さんに投げかけた音楽と人間のあり方に対する疑問符であった。それは演奏のあり方、感動の質そのものへの疑問となり、結果的に川口さんを苦しめたようである。


―― 2回目のヨーロッパ録音というのは?

音楽プロデューサーの川口義晴さん

音楽プロデューサーの川口義晴さん(撮影:清水健)

川口: 翌年(1975年)の第2回目のヨーロッパ録音には僕は行っていません。ローテーションが回って来なかったんだと思います。この年はスメタナ四重奏団で弦楽四重奏曲第19番「不協和音」をはじめとするモーツァルトの弦楽四重奏曲集、ベートーヴェンとシューベルトのトリオなどを録っています。ディレクターがエドアルト・ヘルツォーク、エンジニアがムチスラフ・クールハンのコンビですね、プラハでね。それからヨゼフ・スークの演奏によるヘンデルのヴァイオリン・ソナタ集などもね。この間、僕は東京にいましたが、これらの録音はチェコ・スプラフォン社との共同制作です。日本コロムビア(現・コロムビアミュージックエンタテインメント)側はエンジニアのピーター・ヴィルモースも連れていったのですが、どっちが主導権を握るかで、ずいぶんもめたと聞いています。スークの録音はフランスのトゥールでした。スプラフォンは西側に人を出すことも難しかったという状況もあって、ヴィルモースがディレクター兼エンジニアを務めたはずです。

―― 日本での評価は高かったですよ。

 幸いにもこれらは日本でよく売れたんです。人気もあってね。ただ僕はそれが音楽的な理由ではないんじゃないかと今でも思っています。確かに人気はありましたが、その人気は作られたものではないかという疑問です。戦後の社会主義運動にかかわっていた音楽評論家たちが、東欧のものはなんでもいいみたいなプロパガンダをやり続けてからではないかと思っています。だから、日本だけ東欧の演奏家が突出する形で受け入れられていった。背景には1945年の終戦以来の状況が反映されていると僕は思います。

 その頃は東欧と行き来するのも大変な時期だったんですが、音楽だけは入ってきた。スプラフォンなんかを通じてね。そういった社会主義圏の演奏家たちを日本の批評界は絶賛し、ほとんど神格化していました、あの頃は。例えば大木正興といった評論家を中心とした大勢の人たち。作曲家でいえば芥川也寸志なんかです。芥川さんはオーケストラや合唱団を組織して、ショスタコーヴィチの「森の歌」なんかを演奏するような親ソ的な音楽運動をやっていた。今でも例えば「のだめカンタービレ」なんかでもプラハが音楽の聖都のように扱われている。この頃の名残なんですね。だけどプラハが世界の音楽の中心地であったことなんか、1回もないでしょう?

―― レコード賞にも輝いていたと思います。

 でも、僕はまるで興味を持てなかった。西側でいろんな人と話していても、スメタナ四重奏団なんてフランスでもドイツでもまったく知られていないという事実に驚きました。それは日本では考えられないギャップでした。

 僕にとっては何よりも演奏が面白くなかったわけですけれど。即物的でね。前にもお話ししましたけれど、スメタナ四重奏団で弦楽四重奏曲というものが嫌いになったくらいです。

本番で何が起こるか分からない、そんな演奏を求めたい

―― どこがそんな気に入らなかったんでしょう?

 だって、丁々発止のない演奏でしょう。

―― 4人いるんだったら4人の顔、喜びが見えるような演奏を求めたいと。

 そう、個々の声、表現が聴こえるアンサンブルです。

―― でも4人が1つにまとまっていることは素晴らしいと考える人もいるでしょう。

 そういう意見があることは分かります。でも僕は反対でした。まったく合いませんでした、音楽性というのか、感性がね。

―― つまりそこには、4人しかいないんだから一致団結してという考え方もあれば、4人もいるのだからもっといろんな可能性が、という考え方もあるということでしょうか。

 その通りです。ですから先日、僕はカルテット(弦楽四重奏団)の面白さを探り当てようと、雑誌「サラサーテ」にプロデュースを頼まれ、「コンセール=カルテット サラサーテ」というのをつくってモーツァルトの「不協和音」などをやってみたんです。今頃になってね。つまりコロムビアで仕事を始めてから30年以上が経過した今、ようやく僕は僕なりに回答を出せるようになってきた気がする。才能にあふれた若いメンバーを集めて丁々発止の演奏を作ったんです。あれは面白かった

―― 4人もいればシンフォニーだってできるじゃないかみたいなことですか?

 それをやってみたかったんです。21世紀になると、そういうカルテットもあり得るんだという考え方が既に始まっていると思います。まだ実践に移している例は少ないかもしれませんが。多くの弦楽四重奏団は僕にはいまだに面白くない。きちっとしすぎていて。即物主義から離れて、本番で何が起こるか分からない、そんな演奏を求めたい。合わせるポイントばかり気にするんじゃなくて、即興性まで求められるほど感性を鋭くしないと成立しない、そんな演奏です。個々の演奏家の感性が本当の意味で鋭くなった時に実現する演奏ですね。

―― 作品を超えろ、といった意味にも聞こえますが。

 うん、僕はね、楽譜は建築の設計図でしかないと思っています。演奏家というのはそこに壁を作ったり、カーテン付けたりと、やることはいっぱいある。本当の意味でのものすごい演奏が出来た時は、もうモーツァルトだとかマーラーだなんていうことはどうでもよくなってくる。作曲家の名前というものは仮のものでしかなくなる瞬間がある。どこのオーケストラかも関係ない、誰が指揮者であるかも忘れてしまう、ほとんど説明不可能な体験、それが僕にとっては音楽の一番重要な部分なんです。

―― そういった点からすると、スプラフォンとかオイロディスクの演奏あるいは演奏家というのは……

 感性を鈍くしていく音楽、演奏に聴こえます。でも、そういう演奏に感動する人がいるのは分かりますよ。でも僕に言わせれば、それは変化のない人生が送れればいいと思っている人にはいいんじゃないの、といった程度の意味しかない(笑)。作曲家を神格化して、作品を媒介として向こうから迫ってくる、ある意味で暴力的な「ちから」に気付こうともしない。そこで醸成されるのは聴き手のナルシシズムだけでしょうね。

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