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「夢=イエス」の原動力 ― カルロス・フランコ

If you aren't nervous then you don't try hard enough.(ナーバスになるぐらいでなきゃ、本当の意味でがんばり切れない)

  • 舩越 園子

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2008年1月10日(木)

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カルロス・フランコ

If you aren't nervous then you don't try hard enough. ― カルロス・フランコ

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(写真:田辺 安啓)

 カルロス・フランコ(42)という選手をご存知だろうか。米男子ツアーで唯一のパラグアイ出身選手。そして、国際化が著しく層の厚い米ツアーでも彼ほどの苦労人は珍しい。

 「パラグアイは貧しい国だよ。ゴルフ場が6つしかない」とフランコは言う。父親はそのうちの1つのゴルフ場でメンテナンス業とキャディ業に従事したが給料は知れたもの。母親は安い食材を調理してはそれを売り歩いて家計を助けたが、兄弟5人、姉妹2人の9人家族の生活は苦しかった。

 「家は屋根があって雨露こそしのげたけど、床は泥、ベッドも電気も水道もない。ただ寝るだけ」。フランコは兄たちと一緒に7歳からキャディの手伝いをして働いた。日給10セント(米ドル)。仕事の合間に木の枝で木の実を打ち、ゴルフの真似事に必死になった。

 そんなフランコが生まれて初めて「ナーバス」になったのは18歳のときだった。兄弟の中で一番筋が良さそうだと見込まれた彼にだけ、プロを目指す3年間のチャンスが与えられたのだ。「本物のクラブで本物のボールを打った感触は生涯忘れない」。そして彼は期限付きのプレッシャーに打ち勝ち、ぴったり3年後の21歳でプロ転向。夢の第一歩を踏み出した。

 南米ツアー21勝、アジアツアー1勝、日本ツアー5勝を挙げ、とうとう米ツアーにたどり着いて、さらなる夢を叶えた。99年に2勝、2000年に1勝。その後の3年間は勝利から遠ざかったが、底力を発揮して04年に4勝目をマーク。だが、05年から再び低迷し、昨季はシード落ちの憂き目にあってシーズンエンドのQスクール(予選会)へ。そこで彼は19位タイに食い込み、08年の出場権を死守。またしてもドン底から這い上がった。

 そのとき彼が口にした言葉に紆余曲折の人生のすべてが感じられ、胸が熱くなった。

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