柔和な顔つきは、煙草をくわえた途端に険しくなる。

松原幸三氏 (写真:山本 雷太、以下同)
おもむろに火をつけると、松原幸三(まつばら・こうぞう)はひとくち目を大きく吸い込んだ。
だが、煙は肺までは入れず、口内に留めるのみで、舌で押し出すかのようにゆっくりと吐き出してゆく。たったひとくち、口に含んだだけで松原は煙草を揉み消した。そして、次の煙草に手を伸ばす。
松原の前には、七箱の煙草が置かれていた。
パッケージには全くデザインが入っていない。真っ白な無地の箱には、ただ“ロット1”“ロット2”と通し番号が印字されているだけだった。
ロット2と書かれたパッケージの封を切ると、一本目と同じようにひとくち目を大きく吸い込む。ふむ、と呟いて、今度はふたくち目を肺まで吸い込んだ。そしてまたすぐに揉み消す。ロット7まで用意された煙草を同じ要領で吸い終えると、松原は卓上に並べた七箱のうち二箱を選び出し、それぞれのパッケージから一本ずつを抜き取ってフィルターに通し番号を書き込んだ。
その二本を手のなかでシャッフルし、通し番号を見ずに吸い比べてみる。揉み消した煙草の通し番号を確認して、静かに頷いた。
「うん、やっぱり五番だね。五番がいちばんいい」

ここにきて、松原はようやく険しい表情を解いた。
これが、JT(日本たばこ産業)製品開発統括部・製品開発第一部部長、松原の仕事だ。彼は、社内的に“ブレンダー”と呼ばれている。松原は、試作品の試喫(しきつ)をしていた。
ほんのひとくち吸ってみただけで、松原の評価は終わっていた。なかには、口に含んだだけで肺まで吸い込んでいない試作品もある。
「いいんですよ、これで。ひとくち吸えば、だいたいのところはわかっちゃうから」
こともなげに笑う。
私も試作品を吸わせてもらった。松原が最後に選んだ二本だ。吸いさしは消さずにそれぞれを吸い比べてみる。だが、わからなかった。二本とも同じに感じる。どこが違うというのだろう。
「これは簡単なんです。たばこ葉のブレンド比はたぶん五番も六番も同じだと思う。何が違うかというと、葉をくるんでいる巻紙が違うんですよ……、そうだよね」
松原が振り返ると、同席の開発担当者がこっくりと頷いた。
お見事、とでも言いたげな顔だ。正解だったらしい。たったひとくち吸っただけで、松原は七箱の試作品の違いを感じ取っていた。
* * *
煙草の原料となる“たばこ葉”は、正式にはニコチアナ・タバカムという。



世界に66種類あるナス科タバコ属のうち、煙草の原材料として栽培されているのはこの一種類だけだ。品種は大きく、茶色種(バーレー)、黄色種、オリエント種の三つに分けられる。乾燥させたときの葉の色での分類だ。
手許に煙草があるひとは先端を覗いてみるといい。
焦げ茶色の葉っぱと黄色、それからほんのり緑がかった淡い黄色の葉っぱが見えるはずだ。正確には“葉組”と言うが、この三種類をブレンドすることによって、煙草の味と銘柄が決まってくる。味のベースとなるのは黄色種だ。
だが、大きく三つに分類されるたばこ葉は、細かく分けていくと300種類以上にもなるらしい。
たばこは成長すると人間の胸の高さくらいになる。原料で使われる葉は、着位別に四段階の高さで収穫されるのだという。
「いちばん上の、胸の高さで採れる葉を天葉(てんぱ)と言います。ここはもっとも陽射しを受ける葉っぱなので葉肉も厚く、味も濃くなります。次の、腰の高さが本葉(ほんぱ)、腿のあたりを中葉(ちゅうは)、膝のあたりで採れる葉を下葉(したは)と言って分けています。下葉はなかなか日光を浴びないから日陰臭く、味も淡い。それぞれ味が違うんですね。だから、一本の幹から四種類のたばこ葉が採れることになります」
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