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Iターン者の孤独と焦燥

新潟県・松之山【8】

  • 宮嶋 康彦

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2008年1月17日(木)

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 いつも生気がみなぎっている戸邊秀治さんの双眸に陰りを見た。あの日の眼差しになっている。「誰も我が家を訪ねてくれない」と、呼びかけても、待っても、それがかなわない、と筆者に打ち明けた時の曇りが再び表れているのだったが…。

 小正月の行事が終わって子どもたちが登校していった後の、しん、とした時間。時折屋根の雪が滑り落ちる音が頭上を支配し、ストーブの薬缶が蒸気を噴き上げている。幾人かの共感者を得ながら、なおも心の深奥は虚しいのだろうか。

 孤立無援に甘んじながら、あくまで信念を曲げず、賛同者のドアを開ける日を待ち続けよう、と稲を刈り、餅をついてきた戸邊さんでも、ふと、不安が胸裏をよぎることがあるらしい。虚しさや孤独を飼いならすことの難しさを感じることがあるらしい。数少ない理解者に救われることはあっても、いまだに同じ道を行く者が現れないという焦燥に起因するのかもしれない。

 そういえば、戸邊さんの家庭に足しげく通うようになったある日、「松之山での暮らしが、もう、駄目かもしれないと思うこともあった」と話していたことを思い出す。前年よりも2割増しに近い収穫米を背にして、戸邊さんが初めて、心の奥に居座る孤独をさらけだした。「一緒に完全無農薬で米を作る仲間が欲しい」とも語っていた。

夫の道に心から賛同し付き従う妻

 そこへ筆者が現れた。誰も訪れない家の訪問者になった。戸邊さんは「こうした外部の人との出会いや地元の人と触れ合う機会がなければ、見ず知らずの土地で生きていくことは難しい」と、何気なくIターンと形容される入植者が、越えなければならない高い壁を懸命に言葉に換えて話してくれた。

 都会なら、その孤独は繁華街の賑わいや人の気配に紛らわすこともできる。こうした過疎に極まった集落では、ひとたび寂しさを感じてしまえば、剥き出しの傷は清浄な大気でさえ痛みを増長させる。

 筆者はその時、夫人の聖子さんに視線を移した。夫が決めた道に心の奥から賛同し、共に歩くことが自分と家族の幸福と信じ、ひたすら付き従ってきた人である。そうした夫の苦悩も、すべては聖子さんが受け止めてきた。

 携帯電話は圏外区域、パソコンはない、洗濯機がない、都市ガスもプロパンガスもない。ブランド品には無縁、身を飾り立てるわけでもなく口紅を欲するわけでもないが、唯一、近くに同世代の友人がいないことが寂しい。戸邊さん自身も、「妻に友人がいないことが最も気がかり」と時々口にする。それでも聖子さんは、「私には子どもたちがいますよ」と笑顔で話してくれる。

 「私はただ、やらなければならないことを淡々とやるだけなんです。昔風の生き方のようではありますけど、それが精神的にも体にもいいんです」

 いつも気丈とも思える答えが返ってくる。

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