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競争社会向けのドーピング剤、処方しましょうか?~『やめたくてもやめられない』
片田珠美著(評:三浦天紗子)

洋泉社新書y、780円(税別)

  • 三浦 天紗子

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2008年1月31日(木)

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やめたくてもやめられない 依存症の時代

やめたくてもやめられない 依存症の時代』片田珠美著、洋泉社新書y、780円(税別)

 もし集中力ややる気、高揚感など“ちょっといい気持ち”を高めてくれるという薬(しかも違法ではない)があるとしたら、あなたは使ってみたいだろうか?

 この質問に、「怖いけど、ちょっとくらいなら使ってみたい」「ここぞというときには、頼ってみたい」と答える人は少なくないかもしれない。それはこの先、知らず知らずのうちに依存に陥るかもしれない危険を意味している。

 「ええっ、まさか」と思うなかれ。そのからくりを本書は解き明かす。

 アルコール、ギャンブル、買い物、過食、拒食、インターネット、セックス、万引き……こうした薬物なき依存症は、これまでもたびたび社会問題にされてきた。しかし、それらの多くは長年こころの問題とされ、弱さの克服や周囲の支えが依存からの脱出の鍵だと思われてきた。

 だが、本書で主に扱っているのは、これまであまり目を向けられてこなかった、新たな依存症ともいえる薬物依存の話である。

 「ヤク中ってのは昔からいたんじゃないの?」という指摘はごもっとも。麻薬や覚醒剤ならその通りなのだが、本書でイエローカード扱いされているのは、医者が処方するある種の医薬品である。いわば合法薬物が、依存症を背負い込む人を増やしているという。実際に起きた薬物がらみの事件を取り上げながら、著者は近年拡大してきた依存症の実態を追う。

世界一、抗不安薬が処方されている日本

 少し前に、歌手の華原朋美が所属事務所から契約解除を通告されたというニュースが流れたのを覚えている人もいるだろう。彼女が恒常的に依存していたのは、睡眠薬、精神安定剤、鎮痛薬など医師が処方する薬である。問題は、規定用量をはるかに超えた大量服用にあった。

 現在、日本で処方されている睡眠薬や精神安定剤の多くは、ベンゾジアゼピン系で、長期服用によって依存が生じることはわかっている。厚生労働省も注意を喚起している薬なのに、表面に表れた不安や不眠をやわらげるため、根本的な病理を見極めずに漫然と患者に渡されているのが現状なのだ。

 この他にも、ナルコレプシーや難治性のうつ病、ADHD(注意欠陥多動性障害)の治療に使われる向精神薬「リタリン」、より軽度のうつ症状に有効なSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の代表「プロザック」などが槍玉に挙がっている。

 ちなみに、日本の抗不安薬の処方件数は、1998年のある調査で、1億2000万件超と世界で最も多い。次に多いフランス、アメリカでも2000万件超だから、ダントツの乱用度だ。約10年前のデータでさえこうだとすれば、伸び続ける精神科診療所数、個人輸入の普及などから推察できる見えない数字を加えたら、その広がりに驚くばかりだ。

 リタリンは、覚醒剤と同じ快感を求めて乱用する依存患者「リタラー」を生んだ。プロザックは、副作用などの不都合が比較的軽く、長期間継続して服用できるゆえに、皮肉にも、うつ病の慢性化に拍車をかけた。

〈医薬品への依存症は、違法薬物である覚醒剤などへの依存症よりじつは深刻なのではないかと、筆者は考えている。(中略)合法薬物である医薬品の乱用や依存症は、よほどのことがない限り警察沙汰にはならないからである。その結果、多くの薬物依存症患者が地下に潜り、ひたすら薬物に耽溺する生活を続けていくことになるのではないか。〉

 私も精神科や心療内科の医師たちに取材をしたときに、彼らが「軽いうつ、不眠、不安などは薬と休養で治ります。専門医に相談するのが早道です」と言うのを何度も聞いている。抗不安には薬に頼るのが手っ取り早いという現実を知って、なるほどと思う一方、著者が指摘しているように、安易な処方が依存症の入り口になっているのではないかという疑問は消えない。

 前出のリタリンやSSRIは、服用を急に中止すると、いらいらや気分の落ち込みといったメンタル面の症状に加えて、頭痛や体の震えなど身体的な違和感を引き起こすことが知られている。それを離脱症状と言うが、その不快感を避けるために、結果的にそれらの薬が手放せなくなり、量も増える。治療よりも、〈心地よい依存〉が目的になっていくことになる。

 さらに著者は、これら抗うつ薬の賦活(活力を与える)作用に言及する。こうした医薬品が、苦悩を追い払ってくれ、素の自分以上に意欲や能力を底上げしてくれるのではないか。そんな期待を抱かせてしまう「薬神話」とでも言うべき幻想を作り出してしまったわけだ。

コメント2件コメント/レビュー

医薬品を安易に大量に処方できる制度そのものをまずなんとかしなければいけないのではないだろうか。こういう「ダメな自分を救ってくれる何か」にすがりたいと思う人の心は、向上心や自己実現の欲求と背中合わせだからやっかいなんだろう。本当は誰もがいつもかっこよかったり、成功者だったりするわけはなく、ものすごいスーパースターだと思われている人だって苦悩を抱えている。ところが、そんなことは外からでは見えないものだから、こんなに落ち込んでいるみじめな人間は世界に自分ひとりだけなんじゃないかと思ってしまいがちだ。世間全体が貧しければそれであきらめもついたのだろうが、この過剰に豊かな社会では、不快や苦悩とつきあう忍耐が欠乏しがちだ。薬に頼らずに落ち込む自己と付き合い支える方法はいろいろあるはずなのだが、そこで方向をあやまると、カルトとか怪しげなところへ行ってしまうことにもなりまねない。薬にもカルトにも染まらず、この複雑なストレス社会を生き抜いていく術を、誰もが求めているはずなんだが。(2008/01/31)

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医薬品を安易に大量に処方できる制度そのものをまずなんとかしなければいけないのではないだろうか。こういう「ダメな自分を救ってくれる何か」にすがりたいと思う人の心は、向上心や自己実現の欲求と背中合わせだからやっかいなんだろう。本当は誰もがいつもかっこよかったり、成功者だったりするわけはなく、ものすごいスーパースターだと思われている人だって苦悩を抱えている。ところが、そんなことは外からでは見えないものだから、こんなに落ち込んでいるみじめな人間は世界に自分ひとりだけなんじゃないかと思ってしまいがちだ。世間全体が貧しければそれであきらめもついたのだろうが、この過剰に豊かな社会では、不快や苦悩とつきあう忍耐が欠乏しがちだ。薬に頼らずに落ち込む自己と付き合い支える方法はいろいろあるはずなのだが、そこで方向をあやまると、カルトとか怪しげなところへ行ってしまうことにもなりまねない。薬にもカルトにも染まらず、この複雑なストレス社会を生き抜いていく術を、誰もが求めているはずなんだが。(2008/01/31)

難しいのは、自己実現や消費社会を背景とする、はてなき欲求とは別の次元で、つまり単に日常生活を維持するためにどうしても薬が必要な人もいることです。たとえばAD/HDの治療に使われるリタリンは、政府によって使用を政府は前面的に禁止されてしまいましたが、このことによって、副作用などをきちんと知ったうえで服用していた人にまで影響が及んでいます。極端に言えば、薬はいわば私たちが日常的に摂取している醤油みたいなものです。適切に使えば生活を豊かにしてくれるものの、多量に含めばすぐに心身の健康がおびやかされるものです。「生きる」ためにどうしても薬を必要としている人も現実には存在するわけで、薬ときくだけで槍玉にされてしまう社会にはなって欲しくない。この発想は、多くの人に理解してもらえないとは思いますが。社会的な視点と、地に足のついた個人的な問題とを、どう線引きするかについては、すぐには結論が出ませんね。(2008/01/31)

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