「“ありがとう”の買い物」

“ありがとう”の買い物

2008年2月7日(木)

「よいノート」が育む、伸びる予感

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 いいノートや手帳を手に入れるたび、今までとは違う自分に成長できる、新しいことに取り組める、そんなファンタジーを抱くクセがある(たかがノートで大げさだよ、という声もおありでしょうが……)。

 最たる例が、聖書と同じサイズのシステム手帳ファイロファックスを手にいれたとき。あれはまだ1980年代で、ニューヨークへ出張した先輩に頼み込んで買ってきてもらった。

 「がんばって使いこなしてね」と渡され、「これで私もキャリアウーマン予備軍!?」なんていう思いがちらついた。うゎ〜、何たるミーハーぶり。思い出すのも恥ずかしい。そんなバブルな女心とは関係なく、頑強なファイロファックスは今も健在、アドレス帳として机の中に生息している。

 4、5年前にはイタリア製のモールスキン・ノートと出会った。堅牢な造りで使い込むほど味がでそうな表情に惹かれ、敬愛するへミングウェイが常に携帯していたというキャッチフレーズにやられた。「旅日記をつけて、いつか旅行記を書こう」なんて、またもやファンタジーが大きくふくらむ。即買いし、実際には、旅日記ではなく、アイデアを日々書き留めるノートとして使い続けている。

 こう書いてみて、いいノートや手帳って、スゴイ威力をもっていると感じてきた。わたしだけかも知れないが、その気、やる気というプラスのエネルギーを起こしてくれるのだから、少しくらい高いモノを選んでも損はないんじゃないかと気持ちまで大きくなってきた(といっても、金額はたかが知れているのですが)。

 で、久しぶりに心動かされるノートに遭遇。その名も「みすずノート」という。

小口(こぐち)、ノド、紙質の美しさ

美篶堂は手製本が基本 美篶堂は手製本が基本

写真:大槻純一(以下同)

 神田川沿いの昌平坂にたたずむ製本工房の「美篶堂(みすずどう)」が販売するオリジナル。製本と同じ技法で手づくりされたものだから、ノートというより、本の趣がある。2310円と、値段も高め。しかし、ものすごく美しい。表紙は布製で、朱赤、黒、紺、茶、松葉の五色。実に無口な表情なんだけど、小口(こぐち)と呼ばれる断裁面のマーブル模様がにくらしいほどしゃれている。

 「小口はよく触る部分でけっこう汚くなるんです。でもこのノートの小口は染色してあるので、手垢も、ほこりもつきにくいんです。本文には万年筆のノリがいい紙質を選んでいます。インクのにじみはなく、裏抜けもしにくいんです」

 店の主人である上島明子さんが説明をしてくださると、「書物を読み、心に残る言葉を書き写してオリジナルの一冊を作ろう」と私の脳が買い物の言い訳を用意する。たまたま新しい万年筆を手に入れた直後だったから、買い物意欲に火が点く。

 「みすずノートの実力は、手にしたときにはっきりわかるんです」さらに明子さんの話が買い物欲を後押しする。

 第一に、ハードカバーなのに、しっとりとやさしく手になじむ。第二に、ハードな体裁でありながら、ノドが開ききる。ハードカバーの本は開くとページが戻ってくるのがふつうだが、どのページを開いても紙はもどってこない。落ち着いて文字やスケッチを描くことができるそうだ。

 試しに、家に戻って同じような厚みのハードカバーの本を持ってみたが、どれもガチガチで、みすずノートのようなしなやかさはまったく感じられない。ページも戻ってきてしまう。そりゃそうだ。手作業でなければ、みすずノートのようにはならないのだ。

美篶堂 上島明子さん

 断然作った人に会いたくなった。

 「親方と、わたしの従兄弟で製本職人の上島真一、そしてわたしの三人で考えました。親方のこれまでの仕事の良いとこ取りをしたのがこのノートなんですよ」

 明子さんが、父でなく、親方と呼ぶのは、天下一の製本職人・上島松男氏。一流どころの装丁家が、名指しで仕事を依頼する唯一の製本家だといわれている。

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著者プロフィール

金丸 裕子(かなまる・ゆうこ)

神奈川県生まれ。法政大学文学部在学中に考現学の手法でマーケティングを行うコンサルティング会社で修業を開始。1980年代から東京の街と生活者を継続的に観察し、生活文化としての消費をテーマに調査リポートを手がける一方、「日本経済新聞」「東京人」ほかでルポやコラムを執筆


このコラムについて

“ありがとう”の買い物

100円あれば大抵のモノは買える時代でも、作った人、売っている人に思わず「作ってくれてありがとう、売ってくれてありがとう」と言いたくなる品物はまだまだある。そんなとき、買い手の心を動かすのは何だろうか。お金を媒介にした幸せなコミュニケーションが成立する過程を、筆者の実際の買い物から探る体験ルポです。

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