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【第19回】 ちょっと変っていて面白い男

坂本龍一のポップスと中世・ルネサンス音楽の組み合わせ

  • 諸石 幸生

バックナンバー

2008年1月31日(木)

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 川口さんが制作してきたのはクラシックのアルバムだけではない。その筆頭に挙げられるのが坂本龍一のアルバム作りであり、それはクラシックのフィールドとは異なる、刺激と面白さにあふれた、新しい時代を切り開く仕事だった。今回は、名盤『エンド・オブ・エイシア』の話題が中心となる。

音楽プロデューサーの川口義晴さん

音楽プロデューサーの川口義晴さん(撮影:清水健)

―― 坂本龍一さんには『千のナイフ』というデビュー・アルバムがありますが、それに川口さんは関係されていますね。

川口: これは僕のプロデュースというわけではないですが、僕の名前がスペシャル・サンクスとして記載されています。僕はクラシックのセクションですから、会社では直接タッチ出来なかったんです。当時はまだ坂本龍一といっても知られていなくて、高橋悠治の周辺にいて、スタジオ・ミュージシャンをやっていたと思います。でも、普段はほとんどしゃべらないし、ポップスのミュージシャンとしては、ちょっと変わっていて面白いから、何かやらないかともちかけた。それで出来上がったのがこの『千のナイフ』だったんです。それが、結果的には龍一とダンスリーとを組み合わせた『エンド・オブ・エイシア』にまで発展していくんです。そう言えば、『千のナイフ』というタイトルも、彼のマネージャーと相談しながら僕が考えたんだった。

中世・ルネサンス音楽と最先端のポップスとの接点を考えた

―― 『千のナイフ』の最後に「ジ・エンド・オブ・アジア」という曲がありますが。

 それを基に僕がダンスリールネサンス合奏団(以下、ダンスリー)のためにアレンジし、龍一と作ってもらったアルバムが2枚目の『エンド・オブ・エイシア/坂本龍一&ダンスリー』になるんです。これはクラシックではない仕事です。このアルバムには龍一の新しい曲が入っていたり、龍一がダンスリーの演奏に参加したりしています。録音のための練習をしているうちに龍一も何か弾きたくなったんでしょうね。最初は予定していなかった。

―― そのアイディアの根底にあったものは?

坂本龍一のデビュー・アルバムとなった『千のナイフ』。川口さんがプロデュースした第2弾『エンド・オブ・エイシア』の制作へとつながったアルバムだ

坂本龍一のデビュー・アルバムとなった『千のナイフ』。川口さんがプロデュースした第2弾『エンド・オブ・エイシア』の制作へとつながったアルバムだ

 中世・ルネサンスの音楽と坂本の音楽を組み合わせたもの、つまり近代音楽になる以前の音楽の形と、龍一がやっていた最先端のポップスがどこかでつながらないかと考えた結果です。

―― 時代的にはYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)と重なるんでしょうか。

 あのグループの最後の頃かな。いろいろグループの中で難しいことがあって、彼は辞めたがっていたから。

―― ダンスリーとの初アルバム『ダンスリー』は今でも聴けますか?

 いや、CDになってないと思います。ただ、コンピレーション(複数のアーティストの楽曲を編集すること)の『サラセンの夢』に一部は含まれています。とにかくこの1枚目は全然売れなくて。ただテレビコマーシャルに「シャンソネッタ・テデスカ」が使われてね。馬が砂漠を走っている映像ですが、それが評判になったものだから、まったく新たに『サラセンの夢』なんてタイトルを付けてリリースしたんです。

活気があり、とにかく面白かった80年代

―― 1980年前後というのはとても面白く、また刺激的な時代でしたね。

 そう、活気がありましたし、とにかく面白かった。それが90年前後なると全然つまんなくなっちゃった。昔はちょっと変わったことやっているミュージシャンが結構いたし、そんなにやりたいんだったら何かやってみろってアルバムを作らせたりすることができましたが、今はそういうことがありません。

―― でも、そういうところから芽が出てくるケースもありますよね。現代はかえって閉塞感があり、若い才能がはばたけなくなっているのかもしれません。

 本気になって、自分の存在の全体をかけてやるヤツ、いいものを作ろうというヤツが会社にもミュージシャンにもいない。会社はとにかく数字出せでしょ。だから結局ダメ。そこでかろうじて残るのが技術、演奏家としてテクニックのあるヤツ、会社で言えばあたりさわりのないことしかしないヤツ。でも彼らもまた淘汰されていっちゃう。

―― 社会に余裕がないんですね。

 うーん、すべてマネーゲームかな。だからその競争に乗り遅れた会社はダメになっていく。内容とは関係なくね。

―― その坂本龍一さんとダンスリーとの2枚目『エンド・オブ・エイシア』ですが、録音は1981年ですね。もう坂本さんの人気も……

 凄(すご)いものでした。YMOのワールド・ツアーも大成功させていましたからね。

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