「地方再生物語」

脱サラから25年、成功への道程

新潟県・松之山【10】

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2008年1月31日(木)

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 自給自足を目指し、独り身の30歳で脱サラして以来、前回詳述したように、賛同者の来訪までにかかった年数は25年。

 その間、まるで流離を余儀なくされた民のように、各地を転々とする。田舎暮らしを始めた若い日には、厳格な玄米食で家族全員が体を壊し、何年もの間、体調回復に努めることになる。ようやく6年前、天の水をいただく越後松之山郷という棚田の里へたどり着いた時、戸邊秀治さんは50歳、5人の子どもの親になっていた。

農業が国の基本と考える姿に賛同

 人力で米作りをするのは厭世観に支配された世捨て人を標榜するわけではなく、また、望外の価値を付与するためでもない。やがて直面すると予想する食料不足に背中を押されているに過ぎない。

 コンバインもトラクターも使わないのも、おっつけ、ガソリンが入手困難に陥ると予測しているためだ。田んぼの土を耕さない、という、弥生時代以来の米作りに反するような農法を採ったのにも理由がある。耕せば土中のメタンガスが大気中に放出され温暖化の原因になると考える。

 こうした考えに基づいた米作りを実行するために、肉体や精神の支払う代償をものともしない。どこから見てもカタブツとしか見えない“戸邊秀治の生き方”である。賛同する人たちに問えば、彼の考えが、個人の受益だけにとどまらず、黒倉という在所の活性と、松之山という行政区の再生を念じながら、「農業が国の基本」とする大局への視点に惹かれているからにほかならないと答える。

 時折、ぼそっ、と戸邊さんの口から発せられる、呟きのような、独り言のような言葉を拾う中に、「うちの田んぼでは生き物が世代交代をします」と言った言葉がある。戸邊さんは、農政や環境、エネルギー問題など、とにかく勉強を怠らない人だ。この呟きは、新しい農基法(「食料・農業・農村基本法」)の第1章・第4条を筆者に教えるためだったと後に気づいた。

年々、田んぼの雑草が少なくなっていく

 「農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し、かつ、これを促進する機能をいう)が維持増進されることにより、その持続的な発展が図られなければならない」

 また一方では、農業が自然と都市をつなぐ回廊であるとする、環境基本法についても独自の考えを、やはり、ぼそっ、と呟くことがあった。「農薬を使わないのはここが最上流部だから」と言い、「環境問題と農業が抱える問題は根を同じくしている」とも言うのだ。確かに、これからの農業は、完全無農薬を目指すなど、環境保全型でなければ生き残れないだろう。

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著者プロフィール

宮嶋 康彦
(みやじま やすひこ)

宮嶋 康彦

1951年長崎県佐世保市生まれ。写真家、作家。東京造形大学講師。『紀の漁師 黒潮に鰹を追う』(草思社)、『誰も行かない日本一の風景』(小学館)、『蛍を見に行く』『この桜、見に行かん』(文藝春秋)、『花行脚・66花選』(日本経済新聞社)、『たい焼の魚拓』(JTB)、『脱「風景写真」宣言』(岩波書店)、『写真家の旅―原日本、産土を旅ゆく。』(日経BP社)など著書多数。自身のホームページでは写真と文章を毎日更新。



このコラムについて

地方再生物語

財政難、過疎、高齢化など地方が置かれている状況はどこも同じように厳しい。しかし、苦しい中で、わずかながらも光明を見出している地方がある。都会にいるだけでは地方の本音は聞えてこない。そこに暮らす人の姿、風景、そして風土。実際にその地に足を運んでみれば、全く違う声が聞えてくることもある。地域間格差の本質と、再生に挑む人々の声をルポする。

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