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『戦争する脳 破局への病理』計見一雄著、平凡社新書、760円(税別)
戦争は人類最大の狂気だ、とよく言われる。一体、その場合の狂気とは何だろうか。まさか戦争突入のきっかけを作った軍人や政治家が揃って精神病だったわけでもあるまい。
俗耳に入り易い言葉は物事の本質を覆い隠す。「戦争=あってはならないこと」だから、考えなくていい、という思考が導かれるだけだ。そうではなくて、「ありえること」として、狂気の中身をちゃんと見ておくべきではないか。そんな問題意識から、戦争を引き起こし、遂行する狂気の解明を目指したのが本書、著者いうところの〈戦争に至る精神病理学〉である。
著者は日本における精神科緊急医療の第一人者。自殺や自傷の恐れがある、他人への暴力行為が止まないといった、寸刻を争う処置が必要な重度の精神病者専門の精神科医だ。父親が旧軍人、戦後は陸上自衛隊の幹部だったことで、軍事と現代史に興味を持ち、門外漢という立場でありながら本書を書き上げた。
「戦争を引き起こす脳」はさておき、「戦争を引き起こしやすい人」とはどういう人間か。著者によれば、それは自分に都合の悪い現実を否認し、見ようとしない人だ。
現場を「想像」できないリーダー
例えば対米開戦の強硬論者のひとりに末次信正という海軍大将がいた。首相の近衛文麿が、米ソ両国との同時戦争の可能性、日本の航空戦闘力など、細部にわたった質問を投げかけたところ、彼はこう答えたという。
「そんなこと一々考えていたら何もできはしません」
こういう科白を吐く人、仕事の場面でも多くないか。
否認の対象は、このような客観状勢だけではない。一番ないがしろにされがちなのは兵士の肉体性、彼らも生身の人間であるという事実である。人間だから当然、食べたら出す。フィリピン・レイテ戦の生き残り部隊を率いたある軍人によれば、食べ物の豊富さは必須条件だとして、それ以外に便所の整備具合が兵士の士気に大いに影響したそうだ。
映画「硫黄島からの手紙」で有名になった栗林忠道中将も、自爆攻撃を硬く禁じ、兵士も一個の人間であることを無視しなかった稀有のリーダーだった。彼は残してきた故郷の妻あてに、自宅のすきま風の防ぎ方について何通も手紙を書いている。すきま風を心配するのは家族の肉体を思いやれるからである。その感覚を戦場でも忘れなかった。
この二人の対極にいるのが便所もろくに整備せず、数十万の兵隊を餓死させた軍人たちである。なかでも、躁的な活動エネルギーが高い人はタチが悪い。ある壮大な計画を思いついたりしたら、頭の回転がどんどん速くなり、次々に行動を展開し、収拾がつかなくなるだけだ。
ノモンハン、ガダルカナル、インパールという、第二次大戦中の三大負け戦すべてに責任を負うべき陸軍参謀がいるが、その人は真性の躁病だった。プライバシーを重んじる医者らしく著者はその名を明かさない。
脳は本来は「××をしない」のが役目
さて、ここから話は脳の中身に入る。人間の行動を統御しているのが大脳皮質前頭前野である。未来予測と今後の行動計画に専門化すべく進化した部位で、著者の言葉を借りれば、ここが「戦争遂行脳」だ。
意外なことに、この大脳皮質本来の働きは前向きな興奮・促進ではなく、逆に後ろ向きの抑制・制御だという。つまり「何々という行動をやらない」というのが本来の働きであり、それに打ち勝つためには、生命の維持や種の保存のため、といった別のエネルギーが必要となる。
この段でいくと、仮に「戦争をやろう」という指令が脳に出た場合、「でも眠いからやめておこう」「死ぬのが怖いから我慢しよう」となるのが普通人だ。現実を否認し、目を背けながら突っ走ってしまう人はこのメカニズムが壊れているに違いない。
また、行動計画作成に必要な情報は、大脳皮質前頭前野には含まれない。どこにあるかといえば、より後方にある情動の中枢に近い部分だという。そのため、情報を取り出すときに情動のフィルターを必ず通ることになる。つまり、人間の脳は、欲望や感情、好悪や愛憎抜きの純粋な合理的判断はできないのである。
仮に、ブッシュ・ジュニアが本気でイラク戦争の目的を世界平和の実現においていたとしよう。
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