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第21回 近代日本画の楽しさを知る

俯瞰した図の中に細密な描写が見られる「山海図絵」

  • 宮島 新一

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2008年2月7日(木)

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 奈良国立博物館に赴任して一句詠んだ。「単身や溝を流れる椿かな」。典型的な「や、かな」俳句をひねっていても時間をもて余すばかりなので、近郊の山登りを始めた。これまでの展覧会巡りからアウトドアへと大きく宗旨替えして、春日奥山、生駒山から吉野山、大台ケ原へと毎週末のようにでかけた。展覧会にはよほど興味を引くものを除いては、ほとんど行かなくなった。

手に取ってこそ伝わる正倉院の日用品のぬくもり

 奈良国立博物館の在職中でもっとも印象深かったことは、なんと言っても正倉院の宝物に直接触れられたことである。正倉院の宝物類は世界的な遺産である。だがその中身には、美術品だけでなく大工道具や日常の衣服のように、生活レベルの品が含まれていることには案外気づかない。見事な細工が施されている美術品もさることながら、こんな品まで保存しているのか、という感動の方が大きかった。こうした日用品は展示されたのではありがたみがない。手に取ってこそ、当時の工人たちのぬくもりが伝わってくるような気がして、千年以上の歳月の重みを実感できる。その幸運さに感謝したい。

 1998(平成10)年には「天平」という展覧会を企画している。この時代を象徴する仏像に塑像(そぞう)と乾漆像がある。ぜひとも塑像を展示品に加えたいと思った。しかし、土でできた塑像を動かすことの危険性をどうやってクリアするかが大きな問題である。彫刻担当の学芸員は当然のことながらしり込みをした。その重い尻を押して日本通運の美術品輸送の担当者と相談させると、振動を最小限にする装置を考え出してくれた。簡単に言うと、バイクによる蕎麦屋の出前持ち装置の拡大版である。

 いかに車が揺れても作品は動かないという実験結果を踏まえて、新薬師寺の十二神将像のうち、もっとも保存状態の良い一体を選んで運び出すことにした。輸送中は極めて低速で、しかも、一旦停止することなく一定の速度がとれるように、館員全員で交通整理にあたった。大きな困難を乗り越えようとする時には、全員の力が1つになって、思いがけない力を発揮することを目の当たりにした。

名利を求めず、次第に画壇から離れていった不染鉄二

 2年間の奈良での生活を終えると、次の勤務先は東京国立文化財研究所だった。研究所では伝統的に近代美術の研究が盛んで、長い間に蓄積された資料が豊富にあった。近代美術に取り組む絶好の機会を見過ごす手はないと、今度は一転して、これまで考える機会がなかったフェノロサや岡倉天心といった、日本美術史の先覚者の功罪を突き止めてみようと思った。

 しばらく関心を失っていた日本画の展覧会に、再び足を運ぶようになっていたことも近代に注目する下地になっていたのだろう。最初のきっかけは1993(平成5)年に東武美術館での「小茂田青樹展」だった。当時、住んでいたのが川越で、小茂田青樹が川越出身ということや、東武美術館があった池袋が乗り換え駅という事情が会場に足を向けさせた理由だった。小茂田には北方ルネサンスの影響があるという人がいる。そう言えば、「雪景」(山種美術館)や「出雲江角港」にはブリューゲルの風景画を思い起こさせところがある。最も気に入ったのはユーモアのセンスがどの図にも光っていることだった。いわゆる美術院系の本流以外に目を向ければ、日本画にも楽しさがあることが次第に分かってきた。

 ゲームと違って美術に敗者復活戦があるかどうかは分からないが、そんな性格の展覧会がある。1984(昭和59)年にブームを起こした田中一村(たなかいっそん)はその早い例だろう。97(平成9)年の「甲斐庄楠音展」(京都国立近代美術館)や、2003(平成15)年の「秦テルヲ展」(練馬区美術館)などは代表的である。「小茂田青樹展」と同じ93(平成5)年に開かれた「国画創作協会回顧展」も大多数の作品については同じことが言えるのではないだろうか。山口昌男氏の『敗者の精神史』にも同じ趣旨による画家を扱った章がある。

 年代は少し遡るが、86(昭和61)年の「京都の日本画」展において見た、不染鉄(ふせんてつ、不染鉄二とも)の「山海図絵」(木下美術館大阪仮事務所)が日本画界の異なる潮流を知る最初の作品だったような気がする。前に菊池契月を紹介した「京都画壇百年の名作」からわずか8年しか経っていないにもかかわらず、登場する画家の顔ぶれが大きく変化している。京都の日本画はこんなに面白かったのかと、認識を改めた。

不染鉄二 「山海図絵(伊豆追憶)」 186×210センチ 紙本彩色 木下美術館大阪仮事務所蔵

不染鉄二 「山海図絵(伊豆追憶)」 186×210センチ 紙本彩色 木下美術館大阪仮事務所蔵

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官