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助け助けられ生きる幸せ
~「歓喜の歌」・松岡錠司監督【後編】

2008年2月12日(火)

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 映画では、「餃子」がドラマの転換点となる。小林薫が演じる主任が頼んだ出前のラーメン、これがタンメンになっていた。主任は、出前の若者を呼び止め、どういうことだ、プロとしての自覚が足りないと、ねちっこく説教をはじめる。

 ホールをダブルブッキングしてしまったという自分のミスはすっかり棚に上げてしまっている。日常ありがちなことだけに、観客としては、くすっとなる場面だ。主任は、頭の中は自分のことでいっぱいで、矛盾に気づく様子もない。しばらくして、ラーメン屋の娘が、頭を下げ、先ほどのお詫びだと、岡持ちから餃子の皿をとりだす。ここで、ちょっとしたドラマが展開し、小林薫は「せっかくだから」と餃子を口にする。間が空き、「餃子かぁ……、この気持ちがなかったのか……」。

 実に些細な出来事をさりげなく見せていく。この後、主任の動きはあきらかに変っていくのが、この映画の妙味である。いい映画ほど、劇場を出るときには、そこに登場した食べ物を口にしたくなるものだ。もちろん、「歓喜の歌」なら餃子。そんな余韻を計算し、シネカノンの宣伝チームは中華飯店のチェーンと交渉し、映画の半券を持参すれば餃子が割引になるという仕掛けも施すなど、スクリーンの外でも、いたれりつくせりぶりである。

前編から読む)

 ある意味、前作の映画「東京タワー、オカンとボクと、時々、オトン」は、松岡監督にとって、コメディ映画初挑戦の前哨戦だったといえるかもしれない。「歓喜の歌」で、「平成の無責任男」を演じる小林薫は、身勝手で愛嬌のあるオトンになりきり、物語のスケールを大きくしていた。

 「今回は人間ドラマですよとか、涙腺がじわっと来ますよ、という計算なら立てられる。でも、笑いに包んでいくというのは初めてのこと。だから、いつものぼくの映画よりも、テンポはすこしだけ速くしてある。なおかつ、速めにカットアウトするということもやっていて、リズムの取り方としては初めての挑戦もやっています」

「歓喜の歌」

「歓喜の歌」
(C)2008「歓喜の歌」パートナーズ
シネカノン有楽町1丁目、渋谷アミューズCQNほか全国ロードショー

── 脇役ですが、小林薫に負けないスーダラ男、46歳でタクシーの運転手をしながら、いまだに自分探しをしている妻子もちを光石研さんが演じていて、彼の存在も加わって、ぜんたいの空気はずいぶん和らいでいたように思います。妻の安田成美さんも、そんな亭主を見限るわけでもなく。世間の尺度では、あきれられる親父なのに、子供はお父さんが大好きという。楽天的な家族の肖像は、いまの時代の希望ともとれるし、ほかにも、ニートの母子のエピソードなど、群像の一人ひとりが人物としてちゃんと立っています。

 「小林薫さんが、映画を観られて、『役者は自分のことしか考えないもの。だから、ほかの人がどんなふうに演じていたかなんて想像もしない。でも、レストランでミニスカート姿をしているウェイトレスの母親(根岸季衣)とニートの息子(波岡一喜)のエピソードで、ジンときた。『この物語はこんなふうに、いろんな人が絡んでくるんだ』と言うから、俺が『そんなこと、小林さん、シナリオに書いてあるでしょう』と(笑)。

 俳優というのは、本当に自分の視野の中に入り込んでしまうものなんだなぁと思いました」

ふつうの人たちが一生懸命になるときの幸せ

 松岡監督はこう語る。役者というものは、一つの場面ごとにキャメラの前では集中するものだが、全体を見渡して、演技を練るわけではない。全体を掌握するのは、監督ひとり。だからこそ、主演の重荷を背負った小林薫は、出来上がった映画を目にして、初めて一つひとつの場面がアンサンブルとして成立したということにホッとしたのだろう、と。

 「主役をやるのは不安だと、小林さん、言っていたんですよ。『こういうキャラクターを演じるのは大変なんだよねぇ』と何度も言うから、最初、俺は、きっとこれは断ろうとしているんだと思ったんです」

 キャスティングの段階で、小林さんから、会って話したいという申し出があった。「東京タワー」では、オトンを演じていたし、気心も知れた仲ではある。

 「『これ、俺できるかなぁ』と、ずっと言うんですよね。最初、シナリオの不備を言っていたんですが、サシでいろんなことを話して、最後に『じゃ、やってもらえますよね』と言ったら、『うん、よろしくね』とそっけなくタクシーに乗って帰っていくんですよね。

 だから、シナリオがどうではなくて、とりあえず、役者として監督としゃべりたかったんだなというのがわかった。それは、脇でやるのとは違うというか。今回のように、受けようかどうしようかという迷いをもった小林さんと会うというのは初めてでしたから。基本的に、俳優が監督に会うというのは、受けるというのが前提ですからね」

── いちばん盛り上がる、ママさんたちのコーラスの場面。大人数の一人ひとりの顔をじっくりと映していく。その表情が揃っていないのがよかったです。

 「それぞれ、自分はこう歌うんだという計算はしていたと思うんですが、あそこまでバラバラというのは、計算づくじゃない。

 あれ、途中でわかったんだけど、もうひとつのグループのリーダーの由紀さおりさんとスーパーの従業員役の平澤由美のふたりは本当に歌える人で、彼女たちは表情が変わらないし、身体も動かない。動くのは、歌を本業としていない女優陣のほうで、一生懸命、歌っているのを見せようとする、役者としての本能が働くからなんでしょうね。

 そこらへんが逆に、ママさんコーラスの、素人らしさに繋がっているというか。見る人の目に、しゃかりきに映ったりするのも、彼女たちは歌が上手くて歌うんじゃなくて、歌いたいからというふうな想像をしてもらえるんじゃないかと思ったんですよね。

 この映画は、ふつうの人たちがある一日、一生懸命に歌うということで幸せを感じることができるんだということを描いているわけで、すごく歌の上手い人がミュージカル仕立ててやるというのではない。そこはリアルにやりたかったところですよね」

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