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「ひらがな」の市名、好きですか~『国語審議会』
安田敏朗著(評:近藤正高)

講談社現代新書、760円(税別)

  • 近藤 正高

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2008年2月14日(木)

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評者の読了時間4時間36分

国語審議会 迷走の60年

国語審議会 迷走の60年』安田敏朗著、講談社現代新書、760円(税別)

 つい先日、文化審議会の国語分科会が、「常用漢字表」に新たに11字を加える案を承認した(1月28日)。案にあがったのは、「阪」「熊」「奈」「岡」「鹿」「梨」「阜」「埼」「茨」「栃」「媛」と、いずれも府県名に使われている漢字で、いままで常用漢字表に入っていなかったのが意外なくらいである。

 ところで、「国語分科会」という組織名に耳慣れない人もいるのではないだろうか。むしろ「国語審議会」なら聞いたことがあるという人のほうが多いかもしれない。

 実は、国語審議会という名前の組織はすでにない。1934年に文部大臣の諮問機関として発足した国語審議会は2001年1月に廃止され、新たに設置された文化審議会の国語分科会として文部科学大臣の諮問機関へと移行し、現在にいたっている。

 というわけで、タイトルにずばり「国語審議会」と掲げた本書の登場である。

 国語とはそもそも近代国民国家が国民を統合するため、政策という人為によって創出されたものだ。著者によれば、そのとき、大きく分けて二つの方向が提示されるという。

 一つは、国家の領域内において、地域的にも階層的にもあまねく通用するものにしようという方向であり、もう一つは、国家の歴史や文化をあらわすものにしようという方向である。

 この二つの方向は本来相互補完的なものだが、著者は便宜的に前者を「現在派」、後者を「歴史派」と名づけ、国語審議会を舞台にした両者のせめぎあいの歴史を検証している。

 話をふたたび常用漢字に戻すと、現行の常用漢字表はもともと「当用漢字表」にかわるものとして登場したものである。

 当用漢字表は、漢字の使用に制限をかけるものとして、敗戦後の1946年、「現代かなづかい」とともに公布された。その背景には、わかりやすい表記によって民主化を促進しようという日本国内での動きや、漢字廃止とローマ字の採用を求めるアメリカの意向もあったとされる。

 とはいえ、漢字制限自体は明治時代に国語政策がはじまって以来懸案となっていたものである。

現在派と歴史派の闘争

 先述の現在派は、国語普及のためにはことばの表記はできるだけ簡単であるべきだと考え、ことあるごとに漢字を制限しようというこころみを行なってきた。だが、そのたびに歴史派の強い抵抗にあってきた。

 たとえば、1942年に国語審議会が答申した「標準漢字表」もまた漢字制限をめざしたものだったが、歴史派の反対を受け、答申を受けた文部省もかなりの字数を追加したため、実質上そのもくろみは果たされなかった。

 このことに対する現在派の不満が、戦後再開された国語審議会で噴き出す。著者はこれをとりあげ、〈民主化云々にかかわりなく、戦前の標準漢字表制定という事業を継続するところから、敗戦後の国語審議会ははじまったのである〉と戦前との連続性を強調している。

 すなわち、戦後も明治以来の「国家統治のための要具」という国語観に変更はなかった、ということである。このような国語観は、主張の異なる現在派と歴史派のあいだでも共有され、国語審議会ではひきつづきことばの一元的な管理がめざされた。こうした歴史をふまえ、著者は序章で〈ことばは、政策的に管理されてはならない〉と訴える。

 さて、当用漢字表と現代かなづかいの公布後、表記の簡易化・漢字制限という政策の流れは定着し、国語審議会では現在派がリードする時代がつづく。これに反発して1961年には歴史派の委員たちが脱退するという事件も起きた。

 だがこの事件は結果的に、両者を次第に歩み寄らせることになる。具体的には、これまでの政策への反省から、当用漢字や現代かなづかいの全面見直しが行なわれ、1981年には常用漢字表が、86年には「改訂現代仮名遣い」が答申されるにいたった。

 当用漢字から常用漢字への最大の変化は、そのあつかいをあくまでも漢字使用の「目安」としたことである。このように規制の度合いをゆるくしたことに対し、〈戦前をひきついだ統制路線が修正された〉と著者は一定の評価をくだしている。当用漢字表には国語表現を束縛し、表記を不自然なものにするという批判もあったが、それも常用漢字表の登場によってある程度は是正されたことはたしかだろう。

 こうして、長年現在派と歴史派の対立点だった〈国語の表記をどうするかといった技術的な議論〉はいちおうの終焉を迎え、国語審議会および国語分科会では〈国語によってなにができるのかという精神論へと重点が移っていく〉。その答申でも、国語を通じて「郷土愛」や「祖国愛」を身につけることが謳われるなど、多様化・複雑化する社会を統合するため、国語が規範を示すべきだという主張が強まる。ようするに、説教くさくなっていったのだ。

 このような近年の傾向に対し、著者は国語観の硬直性を指摘する。そのうえで、さまざまな国語が存在することをうけいれるような、柔軟な国語観の確立が必要だと説く(なお、著者のいう「さまざまな国語」には、〈簡単な日本語から複雑でめんどくさそうな日本語、そして日本語以外のことばが入り込んだ日本語まで〉もが含まれる)。

 ところで漢字制限論は、これまで紹介してきた流れとは別に、ワープロやパソコンの普及によって完全に打破されることとなった。

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