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「文句のつけようがない」ものには『誰も知らない 世界と日本のまちがい』がある
~博覧強記が語る近代社会の落とし穴

  • 麻野 一哉

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2008年2月13日(水)

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誰も知らない 世界と日本のまちがい

誰も知らない 世界と日本のまちがい』松岡正剛、春秋社、1800円(税抜き)

 われわれは今、「民主主義」や、「資本主義」など、近代西洋が作り上げてきた思想や制度を〈便利な空気のように当然だと思って〉生きている。

 しかし、少し目を大きく開けば、世界には矛盾があふれている。日本と中国は反目しあう。朝鮮は分断されたままだ。パレスチナに紛争は絶えない。アフリカの貧困と混乱はいつまでたっても解消されない。アメリカは独善的な暴力をふるう。冷戦は資本主義の勝利に終わったが、資本主義そのものは決して万能の体制ではない。

 そういったことを、〈まるめこんで「いい社会」だとか、「もっとよくなる」とかと安易に言ってはならない〉、〈「こういう矛盾がある」「こういう限界もある」とちゃんと言ったほうがいい〉

〈ルネ・ジラールという現代フランスの哲学者の本に『世の初めから隠されていること』という、たいへん象徴的なタイトルの本があります〉

〈どんなことを書いているかというと、「国家というものの本質は暴力にある」と書いてある。そのことを隠すために、国家はいろいろ装ってきた〉

〈その暴力はなぜ発生したのかというと、AがBに犠牲を強いたからです。AはBという相手の言いぶんを封じるために暴力を用いて犠牲者の口を封殺した。その「世の初めに隠したこと」をその後の国家は引き受けているんではないか。だから戦争をするしかないんではないか〉

 冒頭、こんな話から始めた著者は、西洋や日本がおかしてきた「まちがい」とは何なのかを、時間の流れをタテ糸に、同時代の話題をヨコ糸に、近代からの世界の歴史を編集し直す。国民国家や資本主義という仕組みを問い直す。

行き過ぎた資本主義から『レベッカ』へ

 著者の松岡正剛は博覧強記の人だ。どれくらい博覧強記かというと、2006年に彼が出した本を見てもらえればわかる。『千夜千冊』という本である。千冊分の書評集で、全8巻。とにかくサイトでも書店でもいいから一度目にしてほしい。驚くべき大作だ。評者はこの8巻セットをはじめて見たとき、気が遠くなった。これを見ると、著者がそんじょそこらの知恵袋ではないことがわかってもらえると思う。

 そんな著者がその知識を縦横無尽に駆使して、人前で語ったものをまとめたのが本書なのだ。おもしろくないわけがない。

 たとえば、本書の終わり頃に、『インターネット資本論』という本が出てくる。誤解を恐れず思い切りちぢめると、この本には、「今日の資本主義市場では、世界中のすべてのものが売買の対象になる。リスクですら金儲けになる」と書いてある。

 これを読んだ著者は、〈このようなリスク・マネジメントは、世界の資本主義が到達した最も自己撞着的なシステムでしょう。もはや、ここには(中略)ただただ金融工学のテクニックがあるだけで、あとは、他人さまの不幸や心配を、あるいは天候不順や確率不確定な出来事を、ビジネスチャンスに変えるだけの裁量があるかどうかというだけのことです〉と、あきれながら不快感を表明する。

 ……するのだが、評者がいいたいのは、その後の話だ。著者は、不快感を表明した後、この本を読んで思い出した本が三冊あるという。ひとつは、モンテスキューの『エセー』、もう一冊は慈円の『愚管抄』、最後はデュ・モーリアの小説『レベッカ』、ヒッチコックが映画化した小説だ。

 これを読んで、評者はほとほと感心する。「行くところまで行ってしまった資本主義」のことを書いた本を読んで思い出したのが、『エセー』と『愚管抄』と『レベッカ』とは、著者はどんな頭の構造をしてるのだろう。

 評者は、どの本もタイトルくらいは知ってるが、読んだことはない。かろうじて、『レベッカ』は映画で観たが、それと「行くところまで行ってしまった資本主義」がどう関係するのかわからない。ここまでくると、ミステリー小説を読んでいるようなものである。先が気になって仕方がない。

 『エセー』と『愚管抄』については省略する。なぜ、『レベッカ』を思い出したか。この本は、そもそも旧約聖書が下敷きになっているという。

〈レベッカというのは、旧約聖書に出てくるリベカのことなんです。みなさん知ってのとおり、ユダヤの民の最初の父祖はアブラハムですね。アブラハムが第一族長です。その子にイサクがいて、レベッカはそのイサクの妻です〉

 その後、レベッカは夫のイサクをだまし、ユダヤの民の「始原の資産」を手にする。

〈レベッカの物語というのは、「営利」とは、このように身内をすら騙して奪っていくものだということを暗示しているんです〉

 そして、またここで冒頭のルネ・ジラールの話の『世の初めから隠されていること』の話が語られる。AがBに犠牲をしいて、暴力で口を封じた話だ。国家の話だ。

「まちがい」は、戦場だけで起きているのではない

 本書ではこのように、歴史や文学、戦争や宗教、思想といった諸々のものが、ひとつひとつ独立した形で語られるのではなく、「編集」された「編み物」のように表現される。この『インターネット資本主義』の話だけではない。全編がそんな調子で語られるのだ。

 そこに編み込まれているのは、英国国教会であり、国学であり、鄭成功であり、資本主義であり、ダーウィニズムであり、日本の開国であり、アフリカ分割であり、朝鮮併合であり、カフカであり、フロイトであり、レーガンである。単に羅列すると支離滅裂だが、すべてが結びついている。

 そして、できあがった編み物は何なのか。

 近代西洋の持つ、一見文句のつけようのない価値がある。民主主義、自由、平等などだ。また、その強さや効率を否定しがたい概念もある。国民国家、資本主義、自由市場などだ。しかし、その一見文句がつけられないものの裏に、「闇」はないかと問いかける。

 今、もっとも強い国はアメリカだ。次がEUや日本だろう。戦前の列強の顔ぶれとそう変わらない。中国やインドが後を追うが、それもやはり、資本主義の体制をもった国民国家としてレースに参加している。つまり、もう、ずっと、同じことを突き詰めている。

 しかし、ほんとうにそれでいいのだろうか。たとえば、近代からここまでの日本はどうだったろう。

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