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未練から、悟りへ ― アーノルド・パーマー

I won't say I'm happy it's done. (すべてを終えて、うれしいなんて、私は言わないよ)

  • 舩越 園子

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2008年2月14日(木)

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アーノルド・パーマー

I won't say I'm happy it's done. ― アーノルド・パーマー

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(写真:田辺 安啓)

 王者タイガー・ウッズが自らの今季初戦となったビュイック招待でいきなり優勝し、通算62勝目を挙げた姿に、アーノルド・パーマーの往年の勇姿を重ね合わせたファンは多かったはずだ。

 1960年代は、まさにパーマーの黄金時代だった。試合会場では圧倒的な強さを見せ、キングの異名を取った。ひとたびコースを離れると、クールな顔立ちとスマートな物腰で女性ファンを魅了し、プレイボーイと呼ばれた。

 オンではゴルフィングスター、オフではアイドル的スター。今風に言えば「追っかけ」のごとき「アーニーズ・アーミー」を引き連れ、名実ともに光輝いたパーマーの存在があったからこそ、アメリカにおけるゴルフは一般大衆の人気スポーツへと拡大され、米ツアーが世界一のツアーへと発展していったのである。

 そんな「元祖スター」を凌駕する次なるスターとして、ジャック・ニクラスやトム・ワトソンらが出現し、米ゴルフ界の勢力図は次第に塗り替えられていった。73年に挙げた通算62勝目を最後に、パーマーは優勝から遠ざかり、以後はトップ10、トップ25に入ることもできなくなった。

 シニアの年齢に達したパーマーの成績が降下していくのは、いわば当然の流れ。だが、それでもパーマー人気は衰えず、「アーニーなら、まだまだ勝てるはず」というファンの非現実的な期待が、いつまでも米ゴルフ界に漂った。

 パーマーが67歳を迎えた96年。「私は挑み続ける。もう勝てないなどと感じたことは一度もない」とキングが語気を強めたその年にタイガーがプロ転向。ツアーに出ても予選すら通らなくなったパーマーが勝利への意欲を空回りさせる一方で、プロになりたての若きタイガーが次々に勝利を重ねていく時代の到来……振り返れば、あの96年こそが、米ゴルフ界の大きなターニングポイントだったのである。

 2004年4月9日。マスターズの金曜日だった。84年から連続21回目の予選落ちを喫したパーマーが、とうとう引退を宣言。複雑な心境をキングは、こんな一言で表現した。

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