連載を始めて三月が経った。その間、戸邊秀治さんの周辺で変化していく状況を、季節の移り変わりと共に見つめてきた。驚いたことに、わずかの期間にもかかわらず、戸邊さんの生活や松之山という過疎の町に、急激な変化が起こっている。それらはインターネットの力と言うほかない。
当コラムの最終回に当たって、戸邊さん自身に、この三月で変わったことを語ってもらった。すると、筆者と同様に、最も顕著だったことは急速な変化だったことを挙げた。その回答は、世の中がこのようなスピードで動いていることを如実に物語り、改めて、こうしたコラムを発信するインターネットの影響力を思い知る結果となった。
「3年後に想定していたことが今まさに訪れています。これほど早く、こちらの希望どおりに米が売れるようになって、ちょっと、多忙すぎて困っているほどです。それに、見向きもしなかった地元の農家が、私に関心を持ってくれるようになりましたし、一緒に米作りをする仲間もできそうです」
そう言いながら、発送の準備を終えた米袋を指差した。戸邊さんの米を販売するデパート向けの荷物である。
「米よし(東京・渋谷の東急百貨店本店地下の米店)さんに送る最後の米、100キロです。19年度産米は12俵(1俵60キロ)の契約で、これが最後です。米よしさんは、あるだけ欲しい、と言ってくれるんですけど、残っているのは、直販する親しい人の分と我が家で食べる分だけです」
圧倒的な生命力こそが地域の光明になり得るのでは
これまでも書いてきたとおり、戸邊さんの生き方は、強い信念に裏づけられていた。母の自死、脱サラ、社会矛盾との葛藤といった、いわば絶望からスタートしているだけに、その、生きんとする意志は圧倒的な力を備えていた。戸邊さんの生き様を丁寧に書き込んでいけば、おのずと「地方再生物語」のテーマが浮き彫りになる、と筆を進めてきた。
地方疲弊の声はかまびすしいけれど、現地はどんな風体をしているのか、近頃語られる限界集落は強い言葉には違いないけれど、そうした集落は時間とともに消えるだけの運命なのか、救いはないのか、五感で確かめたいと思った。
そんな思いを抱いて、ロケハンに訪問したのが越後松之山だった。そこで戸邊秀治さんと偶然の出会いをし、瞬く間に“戸邊秀治の生き方”が疲弊した地域には光明ではないか、と確信した。
インターネットが人を引き寄せた
農薬や化学肥料を一切使用せず、人力に頼った米作りのこだわり、子育てに懸ける情熱、その圧倒的な生き様が過疎地を救うと信じることができた。世の中の変革は、ときに、たった一人の異端者から始まることがある、という、持論に基づく直感のせいで、ロケハンはそのまま本取材になった。
連載当初は、戸邊さんに見いだした光明が紹介できれば、と考えた。4〜5回程度で、それは完成し、次の地域へ視点を移そうと目論んでいた。ところが、連載1回目にして、予想をはるかに上回る反響があった。
東急百貨店本店の米売り場で「米を買いました」という声が回を追うごとに寄せられるようになった。また一方では、戸邊さんの生き方に共感、賛同して「戸邊さんに会いたい」と申し出る人が現れるようになった。中には直接、戸邊さん本人に連絡を取る人があったり、編集部や筆者が仲介したりするケースも出てきている。
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