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『少女たちの性はなぜ空虚になったか』高崎真規子著、生活人新書、700円(税別)
「感じやすい女になりたい!――」
美少年(山Pだ)にねっとり寄り添う女性モデルが表紙の「anan」先週号。同誌おなじみ、SEXがらみの特集である。
ホストクラブ通い然り、年下男との不倫然り。巷を眺めるかぎり、「女の性」はなんでもあり、になったかに思える。一方では、セックスレスや性暴力、そして十代においては初体験の低年齢化や望まぬ妊娠、感染症といった問題も顕著化している。
4年前、『少女たちはなぜHを急ぐのか』で、十代の性事情をルポした著者が、今回は性の30年史に挑んだ。ニッポンの女にとって性は、時代と共にどう変わったのか――?
たとえば“処女性”である。「とりあえず、早く終わらせときたかった」と、初体験を淡々と語るようないまどきの十代に対し、その母親世代にとって、virginityは「あげる、あげない」で悩み果てるほど重かった。とりもなおさずそれは、男の処女信仰に対して、である。
約30年の間に性行為の価値がどう変化したか。「死語」を辿れば明白だろう。「婚前交渉」「処女膜再生手術」そして「A→B→C」……って、若い読者の方、わかります?
そういえば、「定期預金」の存在感もすっかり薄くなった
キス→ペッティング→性交って順番である。ちなみに BとCの違いは、「入れる」か「入れても先っぽだけ」かってだけ。しかし、〈処女信仰のもとでは、挿入するかしないかは大違いだったのだ〉。
1970年代半ば、女性誌には「いまこそ処女結婚のすすめ!」といった特集が載った。曰く、乳房、脇の下、脚の付け根。これら部分を上手く用いて男に果ててもらい、「膜」はしっかりキープしましょうってわけである。
〈本番なしの風俗店でもあるまいし、セックスそのものよりよっぽど卑猥で下品じゃないか。当時の女性誌を作っていたのは九割がた男性編集者だったというが、なるほど、へんなところで合点がいく〉
59年生まれの著者同様、評者もまさにABC世代なもんで、頁を繰るだに失笑する。ウーマンリブの嵐が吹き荒れたセブンティーズとはいえど、一般的な女の子の多くは、処女(膜)ってものを、定期預金のように守った。「永久就職」(これも死語だ)まで「解約」はお預け。上の学校を出たってろくに就職もなく、下手に学歴があると嫁に行けないと、親に諭されてもいた。
そして1980年代。「均等法」とバブル景気が、女の間で結婚の値打ちを相対化させた。同時に進んだ晩(非)婚化は、「膜」の意義を一気に後退させる。婚外恋愛が「普及」し、性風俗産業にもしろうとの女性が多数、参入していく。
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