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飢えない程度に「自分らしさ」を貫くには~『貧乏するにも程がある』
長山靖生著(評:三浦天紗子)

光文社新書、720円(税別)

  • 三浦 天紗子

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2008年2月25日(月)

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評者の読了時間3時間15分

「貧乏するにも程がある 芸術とお金の“不幸”な関係」

貧乏するにも程がある 芸術とお金の“不幸”な関係』長山靖生著、光文社新書、720円(税別)

 もしもしそこのあなた、貧乏暮らしは好きですか。

 貧乏が好きという人はいないだろうが、文学や芸術のためなら「貧乏、上等!」と貧困に甘んじた芸術家たちは古今東西、枚挙に暇がない。

 放蕩好きのバルザックや博打好きのドストエフスキーは生涯借金生活から逃れられなかったし、直木賞の直木三十五は事業の失敗で莫大な借金を背負った。もとよりそうした人種は、「金もうけより自己表現」のための破滅もよしとしているふしがあり、ある意味、貧乏とは相性がいい。

 だが、いくら生活苦や借金苦を文章にしたためようと、実際に飢えて死んだ芸術家たちはそう多くない。大抵は病死か自殺か狂死。もちろん天寿を全うした芸術家だって大勢いる。

 ということは、芸術家たちは歴々、裕福とは言い難くても、好きなことをしながら生活を賄えるくらいには稼ぐ力もあったわけだ。

 時代を現代に移せば、山本一力は2億円もの借金を筆一本で返したというし、ブランド品のバカ買いとホストクラブ通いのツケを“出版社からの印税前借り”で凌いでいた中村うさぎもいる。

 才能の多寡は脇にのけておいて、こう思わずにいられようか。「借金があったって好き勝手に生きていけるなら、私も見習いたい」。「自分らしくあるための『借金生活』の極意」という帯文を目にして飛びついたのは、そんな興味からだ。

 三浦展は『下流社会』(光文社新書)の中で、「自分らしく生きるのがよいと思う」という価値観は下流化を助長すると述べているが、著者はそこに反発し、主に明治以降の作家たちの生き方に目を向ける。彼らは“創作に身を捧げる”という自分らしさを貫いて、貧乏もしたが、低空飛行でどうにか生き延びたではないか、そこには何かしたたかな経済戦術があったはずだ、と。

 本書の中盤では、石川啄木、葛西善蔵、芥川龍之介、内田百閒らの貧乏生活、借金生活の実態に触れている。

 石川啄木は、花街などの遊蕩費を友人に借りるに当たっては、家族が病気だなどと嘘をつきまくっている。それで次々に友人に去られてしまうのだが、啄木の才能を信じた友人・金田一京助だけは最後まで見捨てないでいてくれることを、啄木は期待していたのかもしれない。

 貧困や家庭の問題を題材に書く私小説作家・葛西善蔵は、妻子を養えないから離婚したいと手紙に書くような男だが、創作のネタにするためにわざと悲惨な生活を送っていたところがある。芥川龍之介は自ら新聞社に売り込みをかけて、苦しい交渉の末に専業作家の道を切り開いた口。内田百閒は人間的な「情」を担保に、友人や編集者から金を借りまくった借金魔として有名だ。

 そんな彼らが、理想的作家生活の体現者として仰ぎ見ていたのが、夏目漱石と森鴎外だ。

作家の“ビジネスモデル”は鴎外・漱石

〈なにより模倣しようとしたのは、作家としての生活態度、ことに経済戦略上で、漱石を見習ったのである。漱石を範としての「専業作家」、鴎外を範としての「兼業作家」というそれぞれの生活モデルが、明治後期に確立した。大正以降の作家は、この二人を模倣することで生活設計を考えるようになっていた〉

 本書によれば、エリート高級官僚にして教養深い作家でもある鴎外は、戦前の山の手階層にとってアイドルだったと三島由紀夫は語っている。豊かな家計を約束する世俗的な出世力と、官費留学の経験が証明する知的素養の高さ、その二つを備えていたからだ。

 辛酸を舐めるばかりが作家ではない、口を糊する足場を固めながら、作家稼業に臨めばいいというサンプルとして、鴎外は格好の存在である。今日まで兼業作家に医者が多いのは、そういう伝統もあるのだろうか。

 一方、教師をしながら人気作家に上り詰めた漱石は、すぐさま専業作家をめざす。新聞社との交渉を有利に進めるだけの知恵も人気もあったし、小説が売れなくなれば大学で教える道へ戻れるよう、退路を残しておいた。なかなかのネゴシエーターなのだ。

 だが、漱石はデビュー作『我が輩は猫である』を金になると思って書いたわけではない。むしろ、堅実さを求められる実生活の鬱屈から自分らしさを羽ばたかせてやろうと筆を執った。

〈「自分らしさ」へのこだわりが、けっきょくは経済的にも漱石を救ったのである〉

 これぞ、作家冥利に尽きる生き方に違いない。

 もっとも漱石の場合は、金も稼ぐが、借りに来る、もしくは無心に来る輩が周囲に多すぎた。

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