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「そういうことになっている」VS『神聖喜劇』
~あなたはニヒリズムから脱出すべきなのだ

2008年3月5日(水)

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神聖喜劇

神聖喜劇』全5巻、大西巨人、光文社、各巻1048円(税抜き)

 太平洋戦争勃発から間もない1942年1月、対馬要塞の重砲兵聯隊に凄まじい記憶力を誇る東堂陸軍二等兵・東堂太郎をはじめ、補充兵百余名が到着した。『神聖喜劇』は、東堂らの三か月にわたる過酷な教育期間を描いている。

 百日ほどの日々を描いた小説を書き上げるに、大西巨人は25年の歳月を費やした。原稿用紙にして約4700枚、全5巻8部からなる大作だ。

 「日本文学の金字塔」と評されることの多い小説だが、その主題を手際良く分類して話すことは非常に困難だ。確かに軍隊を舞台にした小説ではあるが、戦争文学あるいは軍隊小説という言葉でくくることを躊躇わせる。

 強度のある小説は、話のあらましをかいつまんで説明することを阻む力が強く働くものだが、本作についても同様だ。それは長編といった小説のボリュームの問題ではなく、東堂らの入営してから始まる3か月を、単線上の事件の経過として書いておらず、さまざまな事件が同時に起きているからだ。

 そのように単純に時間が流れないのは、『軍隊内務書』や『砲兵操典』『陸軍内式令』などを丸暗記するといった東堂の異様な記憶力のせいもあるだろう。たとえば、上官のしゃべったわずかな言葉に疑問を感じると、その言動や心理を微に入り細を穿って検討し、それが数ページにわたる独白として綴られる。

 ひとつの事実を検証するにあたって、『軍隊内務書』は当然、自身の過去の記憶や古今東西の詩歌、文献にさかのぼり参照し、考える。

 そうして東堂の生きる「ただいま現在」にさまざまな時間が流れ込む。読み手は、東堂の述懐を読みながら、同時に彼の記憶、過去に接した人たちの声を聞くことにもなる。多重的な声が小説全般に渡って響いている。

 東堂は、〈世界は真剣に生きるに値しない〉との不抜の思いを胸底に納めた虚無主義者である。〈私の「滑稽で悲惨な」生は、入隊と同時に終わり、私は、その特殊の境涯で一匹の犬となるはず〉であり、戦争をまったく肯定しないが、〈私は、この戦争に死すべきである〉との思いを秘めていた。

「知りません」となぜ言えないか

 一匹の犬として頭を垂れて生きるつもりであったが、内務班長・大前田軍曹らによる過酷な訓練を受ける中で、東堂はその超人的な記憶力を武器に、〈軍隊的非論理ないし没論理〉に明晰な論理をもって抵抗していくことになる。

 どういう不条理が東堂を見舞うかといえば、上官が朝の呼集時間を新兵に伝えるのを忘れたため、東堂らが遅刻した際に起こった「知りません/忘れました」問答があげられる。「知らされていなかった事実」を指摘する東堂に上官はこう叱責する。

〈わが国の軍隊に「知りません」があらせられるか。「忘れました」だよ〉

 軍隊の不文律で兵卒は返事を「知りません」ではなく、「忘れました」と言わなくてはならない。

 東堂はこう思う。

〈私は「忘れました」と口に出すのを私自身に許すことができなかった〉

 〈私自身に許すことができなかった〉といった良心による理非の問いは、とるに足らないように思えるが、総動員体制の確立された国家にあっては許されざる大事件だ。

 「軍人勅諭」にはこうある。「下級のものは上官の命を承ること実は直に朕が命を承る義なりと心得よ」

 上官の命令が天皇の命令と同じであるならば、あらゆる命令は「一切が無謬である」を前提にしている。そこに是非を問う余地はない。

 だが、「知りません/忘れました」問答においては、上官がどう言い繕ったとしても、「知らされていなかった事実」は覆らない。それでいて、軍隊には、「知りません」は誤りで「忘れました」を正解とする規定はない。ないにもかかわらず、「そういうことになっている」で軍務が遂行される。

 「そういうことになっている」という慣習に基づく上からの命令を是とする空気はあっても、その根拠はない。

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