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生かさなくてもよい命があると『生と死の倫理』は言う
~反論は意外に難しい…

  • 漆原 次郎

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2008年3月12日(水)

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生と死の倫理

生と死の倫理』著:ピーター・シンガー、訳:樫則章、昭和堂、2300円(税抜き)

 「新型万能細胞(iPS細胞)」が、世間から注目を集めている。日本経済新聞が技術の重要度を評価した昨年の「技術トレンド調査」でも1位になったというし、「日本発」の技術として大きな期待が寄せられているようである。

 皮膚細胞から臓器や骨などを作ってしまうこの万能細胞。それだけでもすごいが、“生命倫理”の問題解決への切り札としても期待されている。これまでは、胚性幹細胞(ES細胞)という特殊な細胞から、からだの組織・器官を作ろうとしていた。でも、受精卵を分化させた「胚」を使わねばならず、人さまの“命のもと”を利用してよいのかという論争がたえなかった。

 ありふれた感覚から言えば、受精卵を利用することにはたしかに躊躇がある。しかし、それに真っ向から反対している1冊の本をご存じだろうか。10年前以上に哲学者のピーター・シンガーが著した本書だ。

 著者は、少なくとも20世紀中ごろまではタブー視されてきたような生命倫理の問題に対する解決策を、功利主義的な原則にきわめて忠実にのっとって述べている。

 例えば、西洋のキリスト教を背景とする古くからの死生観では「人命をすべて平等の価値を持つものとして扱え」という「戒律」があった。たとえ生まれてきた赤子が重い障害をもっていたとしても、人の命の価値はみな平等。介護が大変だからとて、決してその子の命を奪ってはならないというものだ。

「新しい戒律」のラディカルぶりを見よ!

 対して著者は「新しい戒律」を示す。それは「人命の価値が多様であることを認めよ」つまり「生かすべき命と生かさなくてよい命があることを、もういいかげん受け入れよう」というもの。目を疑うかもしれないが、著者はこう明言する。

〈この新しい戒律によって……意識のない生命はまったく価値がないと率直に認めることが可能になる。またこの戒律によって、他の人間と精神的、社会的、身体的に交流できる可能性がまったくないような生命についても同じ見解に達することができる〉

 この主張によると、意識が生じていない胎児、無脳症の赤ん坊、さらに意識が回復する見込みのない植物状態の患者、これらはすべて生きることへの価値がなくなる。なぜなら、彼らを生かす措置をしても「患者の利益にならないから」。彼らにとっては、中絶の措置がなされようと、生命維持装置を外されようと、意識がないのだから命を奪われてもなんの問題もないということらしい。

 同様の急進的な主張が最終章に凝縮されている。冒頭であげた胚性幹細胞に使われる胚についても「胚は願望や欲求をもたないし、もったこともないのだから、胚の欲求に反することをすることによって胚に害を与えることはできない」という。さらに、意識のない胚や植物人間よりも、意識や痛みの感覚のある犬や魚などの動物ほうが、生命としての価値が高いとまで述べているのだ。

 では、重度の障害をもちながら生まれてきた乳児の扱いはどうか。

コメント13件コメント/レビュー

人の生命の重みを「費用対効果」で論じるとは呆れる。アメリカの医療現場には、もう「宗教」が入り込む余地はなくなったのかと、暗澹たる気持ちになる。こんな「医療先進国」に盲目的に追従して「アメリカではやっている」という理由だけで、「日本もどんどん脳死者からの臓器摘出をしなければ、日本はいつまでも後進国だ。恥ずかしい」という声が大きくならないことを祈るばかりである。(2008/03/13)

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人の生命の重みを「費用対効果」で論じるとは呆れる。アメリカの医療現場には、もう「宗教」が入り込む余地はなくなったのかと、暗澹たる気持ちになる。こんな「医療先進国」に盲目的に追従して「アメリカではやっている」という理由だけで、「日本もどんどん脳死者からの臓器摘出をしなければ、日本はいつまでも後進国だ。恥ずかしい」という声が大きくならないことを祈るばかりである。(2008/03/13)

いろいろ考えさせれる記事です。というのも、妹の子供が2人とも障害を持って産まれてきました。そして、祖父は被爆しており、私たち姉妹は被爆3世に当たりますが、この事と、子供の障害は結びつくのか、事実関係は不明です。しかし、産婦人科医によると、X線を大量に浴びるとこういう奇形の子供が生まれる事があるとの意見でした。私は子供を産んではいませんが、こういう話を身近に聞くと、自分の子供を持つことに、とても不安を感じます。そんなところにこの記事を読み、もし、私の子供に重い障害が発生したら、それは著者の言う「生かさなくてもよい命」になるのか、その可能性が一般人よりも高いかもしれない私にとって、重く圧し掛かる記事です。(2008/03/13)

生かすことを選ぶにしても、死なせることを選ぶにしても、自らの選択による因果を己で責任を負うと言うことです。尊厳死という言葉がありますが、そもそも死に尊厳などありません。人はいつか死ぬ。尊厳ではなく自然の摂理です。であれば、摂理に逆らわない死を自ら選ぶ権利もあるし、あるいは生かすことで大きな負担を背負う苦しみを放棄する権利もない方がおかしい。ほんの100年ほど前まで、食い扶持を減らすために姥捨て山が存在したという。自らが望むなら、それが今あっても良いのではないのか?私は、自らの意思で身動きできず、死を迎えるために存在する者の世話に、若い世代が時間を費やす様な後ろ向きな世の中は不幸に思える。若い世代には未来を見ていて欲しい。それがかなわない閉塞間に満ちたこの国の未来の価値がどれ程有るのだろうかと考えると、肯定的な未来が見えてこないのがさらに悲しい。(2008/03/13)

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三品 和広 神戸大学教授