「音楽プロデューサーという仕事」

音楽プロデューサーという仕事

2008年3月3日(月)

【第21回】 もの作りの原点は、人作り

新しい人材が育っておらず、録音の質が低下している

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 今回のテーマは、「人材は育っているか」である。CD制作に欠かせない優秀なディレクター、エンジニアの仕事は熟練の技と知恵を要する難しいものだが、とりあえずマイクを立てれば音は録れるから、逆に簡単だという極端な意見も聞かれる。これまでは会社が熟達したプロを育成してきた。が、今ではそんな余裕はなく、素人を現場に送り出してしまう例さえ見受けられる。それで本当に優れた作品と呼べるアルバムが作れるのか、そして人材が育つのか。川口義晴さんは自身のキャリアを振り返りながら熱く語ってくれた。

―― 今日はCD作りのプロは育ってきているかという話を中心に、と思います。

音楽プロデューサーの川口義晴さん

音楽プロデューサーの川口義晴さん (撮影:清水健)

川口: 日本コロムビア(現・コロムビアミュージックエンタテインメント)はドイツ・グラモフォン(DG)などとは違ってギャラの高い演奏家との録音はやっていませんでした。オーケストラだってほとんど共同制作。いわば、元の取れる仕事をしていたんです。だから、地道にやっていればメジャー・レーベルに伍してやっていけたはずなんです。しかし、会社は制作に投資しなかったのが最大の問題でしたね。

 例えば、美空ひばりさんが亡くなって、その時プレスが間に合わないほど注文がきた。それで莫大な利益が出た。それを制作(特に利益部門であるはずのポップス関係)に回さないで、川崎の工場の隣に研究棟というビルを建てた。ところが目的が明確でない。何を研究して、それには人がどのくらい必要なのかということも、考えているとは思えない。結局あんな立派なビルを建てても、最後までほとんど使われなかった。会社の陣容を大きく見せることばかりをやるようになってきた。

 おまけにいつだったか、アメリカにCD工場をつくってしまった。僕たちがやっているクラシックの市場は主としてヨーロッパでした。だから、そこに商品を送り込むのに日本でプレスして送るよりメリットがあると何回も説明されました。ところが、そのことによる収益がほとんど日本側に還元されなくなってしまったのです。もちろんその工場を維持するためです。

 先ほど言いましたように、僕たちの制作はメジャーとは比較にならないローコストでやってきた。だから室内楽のようなものは日本で採算がとれなくても、ヨーロッパでの売り上げを足すことによって、全体としては利益が出ていたのですが、こんなスキームをつくられてしまったので、僕たちは何もできなくなってしまったのです。

 そのうちにJクラシックなるブームが来た。それは多分にコロムビアが先鞭をつけたところがあるけれども、僕はまったく関知しませんでしたね。ああいうのは嫌いなんです。未熟な演奏家を集めて美空ひばりを録音したりして何が面白いのですか。そのことを言うと「これをきっかけに、クラシックの底辺を広げろ」とか言い出す。クラシックの底辺はあれで広がりましたか?

信頼できるスタッフが集まり、録音をする

―― 最近、川口さんがされた仕事は?

 チェロの藤原真理、ピアノの倉戸テル、クラリネットの遠藤文恵のトリオでベートーヴェンの「街の歌」ほかを録音しました。これは、彼女らの自主制作で僕が引き受け、3月にオクタヴィア・レコードからリリースされます。録音はすべて僕がディレクションし、編集からマスタリングまで完成したものをオクタヴィアに渡すといったやり方ですね。

―― 録音現場でオクタヴィアはどのように関与するんでしょうか?

 録音については一切関与していません。オクタヴィアは宣伝・流通を受け持つという方法です。

 「街の歌」はベートーヴェンの20代の作品ですが、とても面白くて、僕自身勉強になりましたし、演奏内容ももちろん録音内容も満足のいくものになったと思います。

―― そうしたレコーディングの録音機材と人材は?

 映画制作でいう川口組みたいなものでしょうか。その時々によってお互いの仕事ぶりをよく知っていて、信頼出来るスタッフが集まってくる。機材は録音を担当するエンジニアがもっていたり、リースで用意できたりします。信頼している人材は2人いて、岡田則夫と後藤博です。2人ともかつてコロムビアにいて、僕の仲間でした。いずれは中核となり、コロムビアの伝統を育てていく人材になると思っていましたが、みんな辞めちゃいました。彼らは、ヨーロッパの連中もびっくりするくらいの音を録ります。後藤博はショスタコーヴィチ全集(インバル指揮ウィーン交響楽団)あたりから僕とコンビを組みました。

 岡田はプロデューサーとの相性いかんで、限りなく素晴らしい音を録りますから面白いんです。今回の藤原真理の録音も彼でしたが、見事でした。どこにもない素晴らしいサウンドだと断言してよいと思います。

どこのレコード会社も人材を育てていない

―― 最近では自信作と言えるCDになかなかお目にかかれません。だから、かえって昔の録音物に関心が集まっていますね。

 僕だって、今のCDは買いたくないですよ。とにかくディレクターもエンジニアもなってないから聴く気がしない。ほんの少し前までは、好みは別としてもメジャー・レーベルには間違いなく一定の水準はあった。

―― レーベルに関係なく?

 関係なく。どこも同じでしょう。とにかく会社が新しい人材を育てていない。しかも悪いことに、何も知らないような社員を教育もせずにすぐ現場に出してしまいます。当然できない。できないからダメだということで、短期間のうちにまた入れ替える。そうすることで伸びる芽まで摘んでしまっている。あるいは出来ないというレベルのままでいつまでもやっている。

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著者プロフィール

諸石 幸生(もろいし・さちお)

諸石 幸生

1948年佐賀に生まれる。早稲田大学法学部に学び、学生時代はオーケストラでトロンボーンを吹き、また夜はバンドマンを務める。音楽鑑賞教育振興会に勤務、義務教育課程における鑑賞指導法の研究と『演奏家大事典』の編纂に従事。1984年「音楽通信」(ステレオサウンド社)の創刊者の1人となるが、その後は音楽評論家として雑誌、新聞、ライナーノートの執筆、放送番組などを行う。著書に『トスカニーニ』『クラシックがわかる超名盤100』(音楽之友社)、『現代の名曲名盤1000』(講談社)、『クラシック新鮮組』(JICC出版局)など。


このコラムについて

音楽プロデューサーという仕事

 日本コロムビアのクラシックCDを制作されてきた大ベテランのレコードプロデューサー、川口義晴氏。制作点数も驚異的だが、国内外の賞を受賞した力作、優秀作も数多い。
 この連載インタビューでは、クラシックCD制作の喜び、苦労、エピソードをうかがうとともに、制作に注がれてきた情熱、こだわりも併せて拝聴し、一枚のCDが実は制作者側の作品である事実もクローズアップしてゆく。

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