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『ゴッホは殺されたのか 伝説の情報操作』小林利延著、朝日新書、720円(税別)
自殺と思われていた事件が、実は事故や他殺だったという逆転はミステリーでは常套。現実でもときおり起きている。
個人的に衝撃的だったその手のニュースとしては、女優のエイドリアン・シェリーの事件。2007年に日本でも公開された映画『ウェイトレス〜おいしい人生の作り方』で監督と脚本を務め、出演もしていたシェリー。作品は口コミで大ヒット、サンダンス映画祭でも絶賛され、将来を有望視されていた中の悲劇である。2006年の11月に首つり自殺したと報じられたが、その後、容疑者が捕まり、首つりに見せかけた他殺だったと報道は変わっている。
自殺から一転、他殺。このどんでん返しが、超人気西洋画家ゴッホの身に起きていたとしたら──。そんな大胆仮説を打ち立てたのが本書である。
著者は文星芸術大学教授の小林利延氏。現在構想中の「小説 ゴッホ殺し」の創作ノートとして書き始められたものらしい。
ゴッホの日本での人気ぶりはすさまじい。美術に興味のない人でも、ゴッホとなれば話は別で、2005年に日本で開かれた展覧会では、総入場者数130万人、すなわち「東京ドーム山盛り28杯分」の観衆が押し寄せたと本書にはある。その規格外の人気の秘密の一端を担っているのは、「炎の人」「悲劇の天才」という看板に違いない。
そのゴッホは、1890年の7月27日にピストル自殺をはかり、その傷が元で2日後に死亡したというのが定説になっている。その根拠になっているのは、唯一の純正資料とされるオランダ語版『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 弟への書簡集』(以下、『書簡集』)だ。これを最初に編んだのは、ゴッホの弟テオの妻、ヨハンナ。兄弟の手紙にも「ヨー」の愛称でしばしば登場する、ゴッホから見れば義妹である。
削除、改編は何かを隠したかったからか
しかし、この『書簡集』の編集がくせものだと著者は言う。ヨーはしばしばゴッホ本人の手紙やゴッホを最後に診たガッシェ医師の手紙の文面を削除、改変しており、まるごと非収録の手紙もあった。
これらの一部は、テオとヨーの息子であるヴィンセントが増補改訂版の『書簡全集』を出版したときに明らかになったが、著者はなおもゴッホの死をめぐる事件において都合のいい部分しか表に出ていないのではないかと訝る。
また、『書簡集』はテオの急死、ヨーの再婚などさまざまな事情があったにせよ、世に出るまでに、ゴッホの死後四半世紀近くの年月を要した。もともとはゴッホの伝記として出版される予定だったこの書物は結局、〈兄弟愛を讃える本〉に変更された。
つまりそれは、ある事実を覆い隠すために、そしてゴッホの悲劇性を際立たせるために、操作された情報ではないかというのが著者の仮説である。
〈これまでヴィンセント・ヴァン・ゴッホについて書かれてきたものはすべてこの『書簡集』に発する。確かに一九一四年の刊行以前にもヴィンセントに関する「悲劇の天才」的文章は見ることができる。しかし、ヨーは『書簡集』にそれらをも取り込んで、「唯一にして純正なる資料」を作り上げた。それはすべてゴッホ伝説の源泉となり、堅固なる伝説を創造し、画家の最後の疑惑を隠すことを目指したと思われる〉
著者は、多くの研究者たちが底本にしてきたこの『書簡集』『書簡全集』、さらには既存の文献に収録された証言などを徹底的に読み直すことで他殺の可能性を示していく。中でも目を引くのは、遺体に残されたピストルの傷跡の入射角。左脇腹からほぼ垂直に内蔵を貫いていて、右利きのゴッホが撃つには無理があったことを暴いている。
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