「“ありがとう”の買い物」

視線を優しく惹きつける名刺

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2008年3月13日(木)

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 ――「作ってくれてありがとう」といわれる製品を目指しているつもりが、日々の業務では効率化に引きずられている。でも「作ってくれてありがとう」といわれる製品づくりへの熱意を忘れないよう、このコラムを読み続けたい――先回、ある技術者の方からこんなコメントをいただき、“こちらこそ、ありがとう”の気持ちでいっぱいになった。工場で製造されるマスプロダクツも、工房で生まれるハンドメイドも、「世の中の役に立つ商品を世に送り出したい」という純粋な想いで創られている。大切なことを教えていただいた。

 買い物をする前にたっぷり時間をかけて商品を検討する時間も楽しいが、目的もなくふらふらと店を見てまわって気になるモノを発見するのもいいものだ。わたしの場合、後者が大事。小銭で買える些細なモノ発見のおかげで、世の中の新たな動きに気づくことがけっこうある(そういって衝動買いを正当化させているのかもしれないけれど…)。

 今回の発見は、都内のあるインテリア雑貨店で吸い寄せられるように出会った1枚の葉書。動物の細密画をプリントした簡素なものなのに、ほかの葉書よりもインパクトがあって、目にスッと入ってきた。不思議に思いながら説明文を読むと、活版印刷で1枚1枚刷り上げたと書かれている。そうか、活版印刷ね。

葉書

写真:大槻 純一(以下同)

 科学的には証明されていないが、活版印刷は目にやさしくて読書がしやすいと聞いたことがある。活版印刷の場合、直角に彫られている活字を紙に押して印刷するので、少し凹みができて、印刷されたものがはっきりと見えるそうだ。ふだんは老眼鏡をかけないと見えない小さな文字が、活版だと読めるという人もいる。わたしも目が弱ってきているから、違いを感じるのだろうか。

 葉書は1枚180円と意外にお手ごろ。迷わず、サルとウサギの図柄2枚を購入した。家に戻って、葉書に触ると、印刷の部分にわずかだけれど凹凸が感じられた。ぬくもりのようなものも伝わってくる。どんな人が作っているのだろう?

 発売元の「サブレタープレス」をネットで検索すると、武井実子さんという若い女性がひとりで製作し、自ら雑貨店などを営業して置いてもらっていることがわかった。活版印刷は、なにもしなければ消えてしてしまうかもしれないところにきている。武井さんは手紙をとおして、活版印刷を残していきたいという熱い思いをもっていて、古くからの活版印刷所のおじいちゃんに頼み込んで葉書を刷ってもらっているのだ。

 活版印刷か、懐かしいな。

 社会人になった頃はまだ活字から電子写植への移行期で、活版印刷での本作りをした体験がある。活字を膨大な数のなかから1字1字拾い、文字間や行間には活字より一段低い込めモノを詰めてホワイトスペースを作って版を組む。そのほとんどが手作業によって行われると聞き、活版職人に敬意を抱いたのを覚えている。

効率改善が技術の最大の価値か?

 効率の悪くなった古い技術は葬り去られるのが世の常というもの。ところが時々、その古い技術に、新たな価値を見出す動きが出てくることがある。活版印刷は今、まさにそんな状態にあるんじゃないか。

 先ほどの葉書の製作者である武井実子さんは、活版印刷に魅了された若手二人と組み、千駄ヶ谷の「パピエ・ラボ」という店を開いていた。発起人は、デザイナーの江藤公昭さん、グラフィックデザイナーの高田唯さん、そして、武井実子さんご本人というクリエイターぞろい。活版で印刷した原稿用紙やレターセットといった紙製品を扱いながら、活版印刷受注の窓口業務も行っている。街中で気軽に活版印刷の注文ができる希少な存在だ。

 オリジナルの一筆箋をつくろうか、名刺にしようか迷って、初回は名刺を注文することにした。店に常駐する江藤公昭さんと四方山ばなしを交えながら名刺用の紙を選び、デザインを決めていく。活版印刷にふさわしい、ゆったりした時の流れ方が嬉しい。

 「せっかくだから自分のシンボルマークを入れようかな」
 「今、簡単に描けますか?上手じゃなくても、本人が手描きした線はすてきですよ。それをもとに凸版を作って、組み込みましょう」

オリジナルの名刺

 江藤さんが差し出したメモ帳に、落書きをする。

 「いいですね。2週間後を楽しみにしていてください」

 やがて名刺が出来上がってきた。今まで使っていた名刺のベタついた印刷に比べると、文字にキレがある。派手さはないが、品があるように感じられるのは、気のせいだろうか。自分では満足したのだが、口うるさい家人に見せることにしよう。ちなみに勤め人で、広報の仕事をしている。

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著者プロフィール

金丸 裕子(かなまる・ゆうこ)

神奈川県生まれ。法政大学文学部在学中に考現学の手法でマーケティングを行うコンサルティング会社で修業を開始。1980年代から東京の街と生活者を継続的に観察し、生活文化としての消費をテーマに調査リポートを手がける一方、「日本経済新聞」「東京人」ほかでルポやコラムを執筆



このコラムについて

“ありがとう”の買い物

100円あれば大抵のモノは買える時代でも、作った人、売っている人に思わず「作ってくれてありがとう、売ってくれてありがとう」と言いたくなる品物はまだまだある。そんなとき、買い手の心を動かすのは何だろうか。お金を媒介にした幸せなコミュニケーションが成立する過程を、筆者の実際の買い物から探る体験ルポです。

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