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ゾウムシのウロコを見ながら、「見るとはどういうことか」を考えて、みる。

2008年3月12日(水)

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 年の終わりに向かって、対世間の仕事をスケジュールにぎっしり詰め込んだ。おかげで虫に触れる機会がなかった。だから暮から正月にかけて、しっかり休みをとり、虫の整理をした。そうしたら今度は、虫について書く暇というか、余裕がなくなった。おかげで三月も半ばを過ぎてしまった。

 ここ何年も調べている、ヒゲボソゾウムシをまた休み中に調べた。毎日やっていれば、今日は昨日の続きということで、仕事が進む。でも私は休みがとれる時にしか、虫の相手ができない。前にやったところまで、頭が戻るのがたいへん。休みが短いと、前やったことをほぼ思い出したところで、休みが終わり。これではまったく前進しない。

 私は丑年生まれ、虫の仕事はまさに牛歩。

 標本を観察して、いろいろデータをとる。いうのは簡単だが、じつは簡単じゃない。たとえばヒゲボソゾウムシの種類によっては、翅鞘の側面の鱗片が剥げる。早い話、全体が緑色の虫なのに、横っ腹に黒筋が入る。鱗片は緑だが、地色は黒いからである。

ケブカトゲアシヒゲボソゾウムシの♂ 緑色のところがウロコ(鱗片)があるところ 黒っぽいところが剥げたところ

ケブカトゲアシヒゲボソゾウムシの♂ 緑色のところがウロコ(鱗片)があるところ 黒っぽいところが剥げたところ

ハダカヒゲボソゾウムシ(徳島産)の♀ こちらの♀はほとんどウロコが剥げている。わずかなウロコが残っているが、緑色に点在して光っている部分

ハダカヒゲボソゾウムシ(徳島産)の♀ こちらの♀はほとんどウロコが剥げている。わずかなウロコが残っているが、緑色に点在して光っている部分

 この剥げ方には、地域性がある。大ざっぱにいえば、西日本ではよく剥げる。東に行くと、剥げにくい。北海道にいるトゲアシヒゲボソゾウムシは、まったく剥げない。でも青森より南になれば出てくるケブカトゲアシヒゲボソゾウムシなら、横腹が剥げる。とはいえ紀伊半島のケブカはしっかり剥げているが、箱根や大山・丹沢のケブカは、あまり剥げない。剥げるんだけど、剥げ目が小さい。剥げないはずのトゲアシでも、四国の一部や九州のものは剥げる。

 私のヒゲボソの標本は、地域で分けてある。調べたい地域を選んで、一頭ずつ、どのくらい剥げているのか、記録をとっていく。これをやると、標本の数にもよるが、一日に一地域を片付けて、その日が終わる。

 残り少ない人生の一日を、虫のウロコの剥げ方を調べながら潰してよいものか。ときどきその種の悩みが混ざる。そうなると、ますます仕事自体が遅れる。
 なぜ一頭ずつ調べるかというと、むろん個体差があるからである。同じ地域の同じ種だって、個体によって剥げ方が違うかもしれない。そもそも剥げ方なんだから、歳をとった虫なら、余分に剥げているだろう。そういう想像が成り立つ。

 調べてみると、想像したよりは、データが揃う。個体差は小さいのである。ある地域がどういう剥げ方になるのか。個体数をたくさん見ると、その地域の典型、つまり特徴がわかるようになる。
 鱗片が剥げるといっても、全部が剥げる個体はたまにしかない。ふつうはまったく剥げない北海道のトゲアシでも、真っ黒な個体がある。これはおそらく始めから剥げているのであろう。こういう個体は、多くの個体群で、多少とも出現する。リンゴヒゲボソのグループ、Otophyllobius 亜属では、真っ黒の個体があちこちで多く出現する。トゲアシ亜属では、そういうことははるかに少ない。

 全部剥げるのはともかく、部分的に剥げるのは、始めから剥げているのか、途中で剥げるのか。つまり剥げるのは一次的か、二次的か。全部剥げるのはおそらく一次的である。部分的に剥げるのは、体の部位により、剥げやすいところと、剥げにくいところがあるはずである。初めから剥げやすい鱗片と、剥げにくい鱗片があって、その分布や数が違う。それで剥げ方に種差、地域差が出る。

 そう思えば、生まれつき剥げていたのか、途中から剥げたのかという疑問は、二者択一ではないとわかる。剥げやすいところが、まず剥げてしまう。その結果、地域特有の剥げ方が顕れてくる。もとを正せば、剥げやすい鱗片の分布の仕方が問題なのであろう。剥げたのは二次的だが、そこが剥げやすいのは一次的、つまり生まれつきである。というふうに、まあ、考えることもできる。

 でも、紀伊半島の虫の横腹の剥げ方は、ずいぶんしっかりした剥げ方である。若い個体でもきちんと剥げているから、ここは最初から鱗片が欠けているんじゃないか。そう思って、剥げた部位を走査電顕で見てみる。なんと、鱗片はないが、小さい毛が多数、生えている。この毛はじつは鱗片の変形したものじゃないのか。剥げてるんじゃなくて、鱗片の性質が大きく変ってしまったから、肉眼じゃ見えないのである。

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「ゾウムシのウロコを見ながら、「見るとはどういうことか」を考えて、みる。」の著者

養老 孟司

養老 孟司(ようろう・たけし)

東京大学名誉教授

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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牛島 信 弁護士