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平成の生き方は、プロレスラーに学べ~『平成人(フラット・アダルト)』
酒井信著(評:近藤正高)

文春新書、710円(税別)

  • 近藤 正高

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2008年3月17日(月)

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評者の読了時間3時間46分

平成人(フラット・アダルト)

平成人(フラット・アダルト)』酒井信著、文春新書、710円(税別)

 平成も今年で20年目を迎えた。

 そう言われても、あまり実感が湧かないという人は結構多いのではないか。本書のなかで著者も「西暦で何年と言われないとピンと来ない」と書いているように、どうも平成という年号は存在が希薄である。

 だから正直、『平成人』という書名にもあまりピンと来なかった。その読みとして「フラット・アダルト」と添えられているのが、さらにわかりづらくしているようにも思う。

 本書のキーワードである「平成人」とはなにか。それはまず、平成元年(1989年)以降成人を迎えた「平成育ち」を指す。1977年生まれで、平成元年度に小学校を卒業したという著者はまさにこの世代にあたる。

段差のない人間関係が持ち味

 「平成育ち」が社会に出るころはちょうどバブル崩壊後の就職難の時期で、いまだに正社員になれずにいる人の割合が非常に高い。つい先日も、東京都の行なった実態調査で、引きこもりがもっとも多かったのは30~34歳、まさに「平成育ち」のどまんなかの年齢層だったという結果が出たばかりだ。

 かろうじて正社員になれたとしても、同世代の採用が少ないがゆえに膨大な仕事を抱え、サービス残業で心身を病む者も目立つ。いわばこの世代は、会社内でも社会的にも「平(ヒラ)」の層に位置づけられている、というわけだ。

 また、「平成育ち」には、年齢関係なしにだれかれとなく親しげな言葉遣いで接する、ようするにタメ口をきいたり、あるいは年寄りに対しても「かわいい」という表現を用いたりするなど、「段差」のない「平(フラット)」な人間関係を築く、という特徴がある。

 著者によれば、こういった「平成育ち」に特徴的な位置づけや価値観が、年代や性別、ときには国籍をも超えて広がりつつあるという。たしかに年功序列や終身雇用が崩壊し、中産階級が没落しつつある現在、多くの人びとは「平(ヒラ)」に落ちぶれざるをえないだろう。

 一方、フラットな人間関係の構築ということでいえば、ブログやmixiといったツールは、「平成育ち」(IT業界では「ナナロク世代」という呼び方もされた)によって広められ、すでに世代を超えて普及している。

 本書でいう「平成人」とは、そんな「平成育ち」から広まった価値観をもつ同時代を生きる人びとすべてを意味する。このばあい、「平成人」は、「平(ヒラ)の成人(すなわちアダルト)」、あるいは「平(フラット)な価値観をもつ成人」というふうにも解釈できる、というわけだ。

 ところで「フラット」といえば、ひところ話題となり、最近増補改訂版も出た『フラット化する世界』(トーマス・フリードマン著、日本経済新聞社出版局)を思い出す向きも多いかもしれない。

フラット化する世界の中で

 本書で紹介される世界の状況はまさに、『フラット化する世界』に書かれている内容と重なる。たとえば、〈冷戦の終結とIT革命によって、一見すると世界は「平(フラット)」になった。また、都市化と労働力の流動化が進行し、物や人が世界を目まぐるしく行き交うようになった〉という一文では、世界のフラット化が端的に説明されている。

 ただ、アメリカ人ジャーナリストによって書かれた『フラット化する世界』には、フラット化への懐疑がほとんどなく肯定一色なのに対して、著者はいたって冷静だ。フラット化を賞賛するのでも全否定するのでもなく、そうなりつつある世界と平成の日本人との関係を真っ向からみすえている。

 著者は自身の20代を振り返って、〈貧しくはあったが、デフレと円高のおかげで、その生活は相応に豊かだった〉と書いている。

 バブル崩壊後長らく続いたデフレの時代は、100円ショップを日本各地の風景に溶けこませるにまでいたった。100円ショップで売られる製品をはじめ、安く手に入る輸入品を消費しながらの生活は、たしかに「相応に豊か」ではある。そして著者は、たとえ「平成人(ヒラのせいじん)」であろうともその恩恵にあずかってきた責任を負わねばならないと、日本人のだれもがグローバリゼーションの当事者であることを強調する。

 そうした姿勢は、近年議論されている格差問題についても一貫している。日本国内において格差問題は、所得配分のような議論となっており、そこでは、最低賃金をはるかに下回る給与で働いている外国人労働者のことは「国外」の問題として切り捨てられている、と著者はいう。

 グローバリゼーションやフラット化の波が日本にもまともに押し寄せているとするなら、欧米諸国と同様に、外国から来たモノや情報のみならず、〈仕事を求めてやってくる「人」であふれかえっているはずである〉。だがいまのところそうなっていないのは、〈ものや情報のみを通して、人をほとんど通さない、ジャパニーズ・スタンダードという壁〉に日本人が守られているからだ。

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