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無理せず、楽しもう ―― フレッド・カプルス

I' ll know where I stand.(僕は“身の程”を知っているからね)

  • 舩越 園子

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2008年3月19日(水)

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フレッド・カプルス

I' ll know where I stand. ― フレッド・カプルス

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(写真:田辺 安啓)

 1992年のマスターズを制覇し、黄金時代を築いたフレッド・カプルス(48)。彼の華々しいキャリアは、「大学を辞めてプロゴルファーになろうと思う」と父親に電話で告げ、ガチャンと切られた瞬間から始まった。

 フライングエルボと呼ばれた独特なスイング。「ブーンブーン丸」と名づけられたロングヒッター。女性ファンを魅了したニヒルな仕草。名実ともに米ツアーで一、二を争う人気選手になったカプルスに陰りが見え始めたのは90年代終盤だった。

 離婚、再婚、前妻のショッキングな飛び降り自殺……。持病の腰痛も悪化し、98年のツアー14勝目を最後に優勝から遠ざかっていった。

 生涯2人目の妻、その連れ子たちと築いた新たな家庭。カプルスは「ツアーに出ると子供たちと一緒にいる時間が減ってしまう」という言い訳で、あまり試合に出なくなった。しかし、妻の説得で世界屈指のコーチ、ブッチ・ハーモンに師事してからは「まだ、やれそうだ。もう1度、勝つ」と意を決した。そして、03年のシェル・ヒューストンオープンで5年ぶりの勝利を挙げ、クールでニヒルな男が大観衆の前で男泣きした。

 それなのに、カプルスは再び離婚。腰痛は一層悪化し、昨年はわずか3試合しかプレーできずじまい。マスターズにおける23試合連続予選通過タイ記録以外に彼を形容する言葉は見当たらなくなっていた。

 そんなカプルスが、今年は晴れ晴れとした笑顔をたたえながらツアーに戻ってきた。笑顔の意味は、09年のプレジデンツカップ米国チームキャプテンに選ばれた喜びだろうと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。

 アーノルド・パーマー招待の第1ラウンドをカプルスは首位で終えた。「首位なんて、いつ以来?」と本人も覚えていないほど久しぶりのこと。「首位を守れると思うか?」「再び優勝を狙うのか?」と米メディアから問われたカプルスは「そんなこと考えてないよ」と答えた後、この一言を付け加えた。

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