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誰かを「死刑」にすると言えますか
~『死刑』森達也さん【前編】

2008年3月26日(水)

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 あなたは「死刑」制度に、賛成ですか? 反対ですか? 

 そんな質問を受けて、すぐにあなたは答えられるだろうか? あるいは、どれだけの時間、あなたは答えに躊躇するだろう。

 まず、この数字を見てほしい。現在、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国は、92カ国。通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している国は、10カ国。事実上の死刑廃止国(10年以上執行を停止している国)は、33カ国。これらを足し合わせた135カ国に対して、死刑存置国は、62カ国(2008年2月20日現在)。

 世界の趨勢は死刑廃止に向かうなか、日本では必要と答える人が世論調査では8割を超える。存置であれ、廃止であれ、わたしたちは「死刑」がいったいどういうものか、ほんとうに知っているのだろうか。

 若いオウム信者たちに密着したドキュメンタリー映画『A』『A2』をはじめ、放送禁止歌、超能力に下山事件。ときにタブーとされるアンダーグランドな世界に、ひょいと足を踏み入れてきた映像作家の森達也さん。近年は、著作にも旺盛で、三年の歳月をかけて先ごろ書き下ろした『死刑』が話題になっている。

 森さんは、執筆の動機をメディアの関係者に向けた手紙でこう綴っている。

〈なぜこんなテーマを選んだのか? 自主制作映画『A』『A2』を発表したことをきっかけに、オウムの元幹部である死刑囚たちと手紙のやり取りや面会を重ねるようになり、そのうちに自分が死刑を観念的にしか知らないということに気づきました。要するに視界から逸らしていたのです。ならばちゃんと見てみたい。そう考えました〉

 本来はシリアスなテーマも森さんの手にかかると「人間味のある物語」となる。ムダな部分にこそ目がいってしまう。人間を一面ではなく多面で捉えようとする、森さんのアングルには、人が人を裁き、罰する究極のシステムはどう見えたのか。

 森達也の仕事を気にかけてきたぶん、本書を読み始めるまでワタシには一見、彼の仕事の流れから今回のテーマは突出しているかに思え、違和感があった。だからこそ、「見てみたい」と思った意図を確認しておきたいとワタシは思った。

 死刑を考える。具体的な作業として森さんが選んだのは、「死刑」制度に関わりのある人たちに会い、対話し、考える。この反復である。

 新人刑務官の目からみた死刑囚の物語を描いた『モリのアサガオ』がロングセラーとなっている漫画家の郷田マモラさんからスタートし、死刑廃止を訴える国会議員、冤罪が晴れて生還した元死刑囚、教誨師、執行に立ち会った刑務官、検察官、家族を奪われた遺族、弁護人……。決して軽い足取りではない。死刑判決を受けた被告にも面会している。この間、三年。森さんは、自身の内面の動きをも詳細に綴っている。

―― 誰に会って話を聞くのか、人選びはどのようにして、決められたんですか。

 誰にするのかはともかく、教戒師とか元刑務官とか、ジャンルについては、おおよそ決めていました。最後まで会おうとして目的が果たせなかったのは法務大臣くらいですね。

―― 何度も食い下がって、会おうとした人とそうでもない人。違いは何だったのですか?

 何かな。……直感が大きいですけれど。でもとにかく執行の現場にいる人には会いたかった。法務大臣は判子を押すだけですからね。無理してまで会う意味はない。被害者遺族に対しては、……会わねばならないと思いながらもなかなか腰が動かなかった。

―― やはり、気が重い?

 これは僕の思い過ごしかもしれませんが、映画デビューの頃から僕は、「被虐の連鎖」とか「加害者へのイマジネーション」みたいなフレーズをよく使っているので、被害者遺族からすれば、あまり歓迎される存在ではないだろうなとか、いろいろ考えちゃうんです。もし、僕が撮った映画を見ていたら、本を読んでいたらどうしようとか。

 森さんは「気が弱い」「チキンですよ」と自分を評する。落ち着いた物腰、がっちりとした体躯、これまで取り組んできたテーマからしても、そんなふうには映らない。ただ、彼が書くものを読むと、取材に出かけるまでの、いじいじ、うじうじをさらしている。あえて開示する負の部分に親近感がわいてくる。

 僕はこういう書き方しかできないわけだけど、一人称とはいえ埋没はしていません。自分が自分を、もうひとつの目で見ているところはあるんですよ。

 辛い状況に身を置いて、自分は怯えるのか、奮い立つのか。どうなっちゃうんだろうかというのは、自分にとっての楽しみでもあって、そこで臆しているのか、しつこく食い下がったのかは大事なことだと思うんですよね。それを省いて事実関係だけを書くことはできない。やろうとした時期もあるのだけど、何だか文章がちぐはぐになっちゃうので、もう無理はしません。

人間は相手を知ることで情が動く

―― 本を読みながら、「息子のまなざし」(監督=ダルデンヌ兄弟)という映画のことが、脳裏の片隅を何度もよぎっていました。

 息子を殺された男と、少年院を出た犯人が出会い、ふたりは父子のような付き合いをするのだけど、男は少年の素性を知ってしまう。知り合ってしまったがゆえに男が苦悩し、揺れ動く姿を映した映画でした。

 ワタシがこの映画を想起したのは、森さんが、死刑を言い渡された被告と対面した折に、「殺してはいけない」と思ったと書かれていることです。「死刑囚」に会うと会わないでは、そんなにも違うものなのでしょうか。

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