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烏賊から学ぶ平和~『イカの哲学』
中沢新一・波多野一郎著(評:山本貴光)

集英社新書、680円(税別)

  • 山本 貴光

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2008年3月27日(木)

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イカの哲学

イカの哲学』中沢新一・波多野一郎著、集英社新書、680円(税別)

 つくづく不思議な本である。そもそも書名から内容の想像がつかない。なぜイカが哲学と結びつくのか。

 共著者として並ぶ二人の名前の組み合わせにしてもそうだ。一人は、宗教学に軸足を置き哲学、神話学、芸術と幅広い思想・文化の領域を横断しながら独特のものの見方を創出し続ける思想家・中沢新一。だが、もう一人の波多野一郎(1922-1969)とはいったい誰だろう。

 ページを繰ってみる。一読三嘆とはこのことで、自分がいったいなんの本を読んでいるのかもよくわからないまま166ページを読了する、めまいのするような読書体験だった。イカから始まった哲学は、戦争と平和を論じ、エコロジー問題を見据える。どういうことか。

 まず、本書は大きく三つの部分から成っている。中心に据えられているのは、在野の哲学者・波多野一郎が、早すぎる晩年に著した『烏賊の哲学』(1965)だ。本書には、この小さな書物が丸ごと収録されている。そして、その前後を中沢による導入と論考がはさんでいる。

 では、肝心の内容を見てみよう。

 『烏賊の哲学』は、アメリカに留学している大学生・大介を主人公とした小説風の作品だ。ここには波多野自身の経験が投影されている。中沢の紹介に沿って波多野の生涯をまとめておこう。

 1942年に早稲田大学に入学するも2年後には陸軍へ入隊。航空隊に配属され、1945年7月、特別攻撃命令を受けるが、出撃せぬまま敗戦を迎える。続いてシベリアに勾留され、過酷な状況下での炭鉱労働を経て帰国。1951年に米スタンフォード大学に留学し、哲学を専攻。プラグマティズム哲学の研究で修士課程を修了して帰国。2度の脳腫瘍を乗り越えながら、1965年に『烏賊の哲学』を刊行し、1969年に没する。

 「メメント・モリ(死を忘れることなかれ)」とはしばしば口にされる警句だが、彼はまさに否応なく死と直面する特異な状況を生きたのだ。

 波多野の分身ともいえる大介は、留学先でアルバイトをしながら、或る思想的な境地へと至る。『烏賊の哲学』は、その思索の過程をきわめて平易な言葉で写した書物だ。

 大介が選んだアルバイトは、魚河岸で1日6~7トンものイカをベルトコンベアに運びあげる仕事だった。この仕事を通じて、大介は大量に捕獲されてモノ(食料)として処理されるイカの姿に、戦争で大量殺戮された人間の姿を重ねる。例えば、なぜ人は平気で原爆を落とせるのか。

あれは人ではない、と思えば殺戮が可能になる

 彼がたどり着いた結論はこうだ。

 ちょうどイカをモノとして扱うとき、一匹一匹のイカの実存を考えないように、戦争の殺戮も殺される人間の実存を考えないからできるのである。ここで言う「実存」とは、あなたやわたしがそうであるように、他の個体と入れ替えることができない存在、この世界のなかで他のものたちとさまざまな関係をとり結びながら現実に生きている存在、というほどの意味だ。そして、実存の次元から平和を構想しない限り、ますます効率よく大量殺戮が可能になった戦争を、人間はけっしてやめないだろう、と大介は考えるに至る。

 ここで興味深いのは、波多野が従来のヒューマニズム(人間中心主義)では平和の構築には足りないと考えていることだ。なぜなら、人間以外の生命に敬意を持たないヒューマニズムは、戦争の敵を鬼畜(人ではないもの)とみなすとき、容易にその生命を軽んじるだろうからだ。

 中沢は、波多野が到達した境地を、「新しいタイプの強靭な平和学」のための酵母となりうると高く評価する。その上で、フランスの思想家ジョルジュ・バタイユ(1897-1962)が構想した生命論(エロティシズム論)を援用しながら、例によって知と非知のはざまをゆく華麗な筆致でその新たな平和学を模索する。

 バタイユはこう考えた。生命には、免疫抗体反応のように自己から異物を排除し続け、非連続性(個体性)を維持する側面がある。ところが、生命の内部にはその「個体性を壊してまでも連続性を自分の内に引き入れようとする」原理が潜んでいる。彼はこれを「エロティシズム」という概念で捉え、生殖の瞬間(例えば細胞分裂や受精の瞬間)、それは表面にあらわれ、生と死は極端に近づくと見る。

 人間の場合、個体の非連続性(生と死が分離された平常態)は言語や社会のしくみによって保たれている。その一方で、脳の発達により「遺伝子の受け渡し」のような目的に縛られなくなったエロティシズムの原理は、さらに深いレベルで正反対の活動を行うようになった。

 要するに、日常的な社会生活の破壊、戦争や暴力といった死(非連続性の破壊)への衝動は、人間(生命)の本質から生じているというわけだ。

 中沢はここからもう一歩踏み出す。

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