『超教養』さとう珠緒著、メディアファクトリー、1400円(税抜き)
ジェンダーフリーを「押し付けられた性役割からの解放」ではなく、「男女の性差をなくす」運動と誤解した上で批判するといった気運が高まりを見せる中、さとう珠緒は、非常に批評的な存在である。
そう言ってみたところで、あの目をうるうるさせ、上目遣いに甘えた声を出し、怒るときは、拳を頭上に持っていきながら、口を尖らせ「ぷん! ぷん!」と言う、さとう珠緒が? 笑わせるな!という声が聞こえてきそうだ。
確かに、あまりにベタ過ぎるかわい子ぶりっこが功を奏してか、さとう珠緒は2004年、週刊誌の行った「『女が嫌いな女』1000人アンケート」で堂々の1位を勝ち取り、以後、毎年上位にランキングしている。
同性にしてみれば、媚びを売ることで男受けを狙い、抜け駆けをしようとする「腹黒い女」ということになるのだろう。
また男性の選ぶ嫌いな女性タレントにも名が挙がるなど、そのぶりっこの腹に一物ある加減はとうに見透かされている。こういったところが、さとう珠緒に関する世間の通り相場だろう。
がしかし、敢えてしてみせるあの媚態には、彼女の諦観と断念があると思えてならない。
さとう珠緒は20代前半、男性誌でヌードを披露しているが、大した話題にはならず、鳴かず飛ばずの時期を過ごす。その後、戦隊シリーズの特撮ドラマで脚光を浴びたことをきっかけに、コマーシャルやバラエティ番組に出演するようになる。
小学校からの「計算力」が磨いた切れ味
ようやく日の目を見るようになったそんな折のインタビュー記事を読んだことがあるが、その記事に底流していたのは、彼女の芸能生活の中で噛みしめてきた「苦み」で、そこには「自分は(男)社会に小突き回されてきた」という自覚からくる諦観と断念が滲み出ていると思えて仕方なかった。
その見立てがあながち誤りでもなかったと快哉を叫ぶ思いをしたのは、彼女の上梓した『超教養』を読んだからだ。
本著は〈まったくといっていいほど本を読まない〉彼女が、Webダヴィンチで始めた書評連載「バカガイドブック」をもとにしている。
〈小学生のときから計算に計算を重ねて生きてきました〉というさとう珠緒の、あくまで〈バカの戯言〉という体裁を装いながらも、〈オタクやオジサマのドリーミーな幻想についつい減らず口が染み出し(略)うっかり本音がダダ漏れてしまった〉というというくだりに出会うとき、懐に忍ばせた匕首を見る思いがする。
たとえば、ローティーンのファッション誌に寄せられた投稿への回答をまとめた『少女ゴコロ親シラズ「こんな大切な話、私のまわりには話すひとがいません」』を取り上げた際、「二股をかけてる」「元カレが忘れられない」といった、一山いくらで売ってそうな恋愛観をまともに引き受けている小中学生をスケールが小さいと断じ、「付き合うってどういうこと?」という相談を投稿していた小学6年生の女の子に対し、〈ズバリ“意味なんかない”。これがオトナになった女からの回答です〉と言い放つ。
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