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第24回 誰でも味わえる美術の楽しみ

年をとってからでも無心になれば、扉は開かれる

  • 宮島 新一

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2008年3月28日(金)

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 今日では新しい博物館には子供のためのギャラリーが常識となっている。当初の計画ではパソコンや図書を中心にしたお勉強部屋の雰囲気であった。これは大人にとって安心できる子供部屋のイメージである。わたしは博物館は勉強する場所ではないと信じている。楽しいと思っているうちに結果として知識が増えている、というのが理想的だと思ってきた。まず、子供が夢中になって飛び込みたくなるような部屋作りを求めた。それを実現するために三木美裕さんというアメリカで博物館教育を実践してきたエキスパートをヘッドハンティングした。彼はスタッフともにわたしが想像する以上に魅力的なキッズギャラリーを作ってくれた。今や、100人にも及ぶボランティアの人たちとともに、キッズギャラリー「あじっぱ(アジアの原っぱの略語)」は九州国立博物館の顔となっている。

常設展示という言葉は死語としたい

 もう一つこだわったのは「あじっぱ」のようなネーミングである。例えば、「常設展示」という言葉がある。これには「いつ行っても同じものが並んでいる」という悪いイメージが定着してしまっている。以後この言葉は死語としたい。「文化交流」がメインテーマであり、しょっちゅう展示が変わってゆく九州国立博物館では「文化交流展示」と言うようにしてみた。さらに、これには「海の道、アジアの道」という特別展と変わらないようなタイトルを付けて入り口に掲げるようにした。

 オープニングの展覧会「美の国日本」のコンセプトづくりと作品の選定も担当した。幸いにも当時の三宅宮内庁正倉院事務所長の温かい配慮で、正倉院宝物も陳列できた。九州を象徴する「金印」も福岡市博物館の特別の好意で3週間出品していただいた。韓国中央博物館や中国国家博物館、南京博物院などからも貴重な品々を拝借することができた。「美の国日本」の入場者は48万人を数えた。

 様々な工夫のせいか、九州国立博物館は特別展よりも「文化交流展示」の方が入館者数が多いという、博物館の悲願を達成できている。開館1年間の入場者総数は220万人に達した。2年と1カ月たった時点では400万人を超えていると聞いている。これは近年話題となった金沢21世紀美術館の入場者をはるかに超えている。古美術や歴史系の展示を主体とした博物館としては例を見ない現象である。

竹原古墳の壁画は日本人の豊かな絵画観を伝える貴重な遺産

 九州に赴任中は観光サイドの関係者と会合に毎月出席して情報交換に努めた。立ち上がったばかりの九州観光推進連盟側も九州観光の目玉として博物館を位置づけてくれた。そのおかげで、毎日のように観光バスが駐車場に入り切れないほど並んでいる。博物館を観光スポットにすることはメトロポリタン美術館に初めて行った時からの願いであった。

 九州では仕事ばかりに没頭していたわけではない。週末の山登りに加えて、温泉巡りも九州ならでは楽しみであった。遠くの霧島山にも登ったが、近場の山に登った時には博物館のある太宰府から福岡へ向かう乗り換え駅の近くの、二日市温泉につかってから帰るのが習慣となった。二日市温泉はあまり知られていないが、万葉集にもその名が詠まれているほど古い歴史を持っている。共同浴場が2カ所あって旅行客も近所の人と同じように、銭湯より安い料金で入れるのが魅力である。小さな温泉なので歓楽街もないが、知らない人には誰彼なく勧めることにしていた。

 また、九州でしか見ることができない絵画もある。それは装飾古墳の壁画である。1969(昭和44)年に福岡での学会に初めて参加した時に、九州に初めて渡った。久留米の石橋美術館では日下八光氏による壁画の模写展が開かれていた。その折の図録が手元に残っている。また、王塚古墳は現地まで見に行った記憶がある。その時には「よく見えない」という感想しかなかった。

 35年以上もたった今日では、当時とは比較にならないほど装飾古墳を保存する施設が充実している。また、地元の教育委員会も年に1回公開する日を設けて、普段は見ることができない石室を一般に開放することが行われている。福岡滞在中はそのたびに古墳を見に出かけた。

福岡県宮和市の竹原古墳。国指定史跡。6世紀後半に造られた高さ5メートルの円墳状をしている。この後壁画には、左右にある日よけに用いる団扇のようなものの間に、上から龍、馬を引いた人物、船、波形文などが描かれている 写真提供:宮和市教育委員会

福岡県宮和市の竹原古墳。国指定史跡。6世紀後半に造られた高さ5メートルの円墳状をしている。この後壁画には、左右にある日よけに用いる団扇のようなものの間に、上から龍、馬を引いた人物、船、波形文などが描かれている 写真提供:宮和市教育委員会

 宮若市の竹原古墳の壁画は後壁の一枚の岩を画面として意識をした図となっていて、人によって見られる「絵画」という観念がすでに十分に発達していたことを物語っている。人物や船や馬はまるで童画ようで、中国絵画がもたらされる以前の、日本人の豊かな絵画観を伝える貴重な遺産である。竹原古墳と高松塚の間隔は1世紀も経っていないが、中国や朝鮮から「絵画」というものが伝来するや、たちまち、自分たちの絵は放棄されてしまった。明治維新の前後に西洋の油絵がもたらされた時と同じ状況が古代にも起きていたのである。

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