「養老孟司先生のタケシくん虫日記」

養老孟司先生のタケシくん虫日記

2008年4月16日(水)

私が中国には行かない理由 ムシが採れない文明、新聞が衰退するわけ

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 いまは四月のはじめ、本格的な虫採りに出るには、まだ二、三週間ほど早い。虫が出ていないわけではないが、葉っぱが十分には伸びていない。もう少し暖かくなってからのほうが能率がいい。今月の終わりにはラオスに行く。いまからそれが楽しみ。ラオスは暑い季節で、温度はどうせ三十度をはるかに越えているはずである。

昨年春、ラオスでムシ採りに励む養老先生

昨年春、ラオスでムシ採りに励む養老先生

 虫採りをしないから、おかげで書くことがない。昨年で雑誌に書いていた時評を全部やめた。おかげで少し勢いが余っているので、時事的なテーマにでも触れておきますか。

 中国人監督のドキュメンタリー「靖国」を映画館が扱わないという問題を新聞が伝えている。自民党議員が内容が偏りがあると述べ、右翼、具体的には街宣車の抗議があるからだという。新聞がこれを取り上げる角度は、「表現の自由」に対する侵害ではないかというものである。

 この図式には、もう皆さん、飽き飽きしているのではないかと思う。ご存知のように、以前からの靖国問題が近年になって沸騰したのは、小泉元首相の参拝問題からである。これも賛否両論があったけれども、小泉支持がじつは過半数だったと記憶する。

 当時私は単純な筋論を採った。「表現の自由」が憲法なら、「信教の自由」も憲法である。個人の信教の自由は憲法で認められている。それなら小泉が個人としてどこに参拝しようが、なんの問題もない。首相は個人とは違うというのは、「封建的」思想である。

 それでも新聞はギャアギャアいった。現首相の福田さんは、中国や韓国があれだけ嫌がるものを、無理に行くことはない。そういう姿勢だったはずである。それはそれでいいので、根本は靖国問題なんて、実質的にはどうでもいい、ということである。

 今度の問題もまったく根は同じだと思う。「どうでもいい」問題について、あれだけ空騒ぎをしたから、ふつうの人は懲り懲りしているはずである。そんなこと、知らない。私の知ったことじゃない。関わりたくない。それが常識であろう。ふつうの人は靖国の遺族でもないし、靖国問題なんか、自分の日常生活に関係がない。今度の映画館の拒否は、そういう心理が表面化しただけだと、私は見ている。憲法問題でもなんでもない。

 でも新聞は相変わらず憲法問題として見ようとしている。それなら小泉参拝を考え直したらどうか。新聞の議論は最初のボタンを掛け違えている。だから、もう直しようがないのである。プリンスホテルが日教組の大会を断ったのも、具体的にはいろいろな事情があるかもしれないが、根本は似たようなことであろう。いまでは日教組の存在意義が低下したのである。教育は現在でも大問題なのだから、日教組は大きくなり、活動が盛んになっていいはずである。それがそうならない理由を当事者たちは反省しているだろうか。たぶん自分の落ち度と認めず、政府のせいにしているのではないか。

 この種の問題を大きく取り上げるから、新聞が売れない。新聞の将来について、新聞人たちはかなり悲観的だと、私は知っている。大げさにいうなら、新聞は記事に命を懸けていない。表面でお茶を濁しているだけである。
 今朝読んだ新聞で、イギリスに赴任した特派員の文章が載っていた。田舎町で花が咲き乱れ、「自然が豊か」だという。このブログを読む人なら、ものすごく違和感があるのではないか。人間が植えた花が美しいから、自然が豊かだという。アホか。新聞が売れるわけがないわ。

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著者プロフィール

養老孟司(ようろう・たけし)

養老 孟司

解剖学者/作家/昆虫研究家

1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『唯脳論』(青土社)『人間科学』(筑摩書房)『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞)『死の壁』(新潮社)など、専門の解剖学、科学哲学から社会時評、文芸時評までを手がける。先生が愛してやまない昆虫の本は当社より『私の脳はなぜ虫が好きか?』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』が刊行中。

『私の脳はなぜ虫が好きか?』


 『私の脳はなぜ虫が好きか?』(日経BP社)



『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』


 『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』(日経BP社)


 【日経BPネット掲載】
 養老孟司のデジタル昆虫記



このコラムについて

養老孟司先生のタケシくん虫日記

本コラムは、『バカの壁』などで知られる養老孟司先生のライフワークである、「虫」についてのあれこれを、つれづれなるままにつづった、いわば「虫ブログ」です。激務の合間を縫って、日本国内はもとより、世界中を旅しながら、いろいろな虫を捕まえ、箱根の別荘兼研究所で標本にし、写真を撮り、電子顕微鏡で眺め、そして考える。そんな養老先生に仕事の手を休めて、ちょっとお付き合いしてみませんか?

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