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あふれる思いを辞典にしたら~『漢字は日本語である』
小駒勝美著(評:山本貴光)

新潮新書、680円(税別)

  • 山本 貴光

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2008年4月9日(水)

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漢字は日本語である

漢字は日本語である』小駒勝美著、新潮新書、680円(税別)

 ときどき漢和辞典のお世話になることがある。言葉の来歴を知りたいと思ったものの、手近な日本語の辞書では判然としない、こんなときは漢和辞典の出番だ。

 先日は「思想」という言葉を調べる機会があった。この言葉の来歴をご存じだろうか。明治45年に刊行された『哲学字彙』を見ると、thoughtに対応する日本語として「思想」とある。てっきり「哲学」や「社会」などと同様に、明治期に造られた言葉かしらと思いつつ調べてみたら、アニハカランヤ。漢和辞典には、中国古典からとられた用例が載っている。

 この漢和辞典、漢籍由来の漢字を知るには頗る便利なのだが、日本語由来の漢字にはちょっとそっけないという難点がある。例えば、『大漢和辭典』(全15巻、大修館書店)で「思想」を見ると、漢籍からの引用が複数あるのに対して、日本で造られた「哲学」については用例がない。

 といっても、これはいわばないものねだりだ。なぜなら、漢和辞典とは、そもそも漢籍(漢文)を読むためのツールなのだから。

 でも、現在、私たちが漢字を読むのは、もっぱら日本語の文章だということを考えると、やはり物足りない。日本語としての漢字についても漢和辞典のように解説してくれる辞書がないものか(ネットでは大原望氏によるこのサイトがある)。そう思っていたら、2007年の秋に『新潮社日本語漢字辞典』が出た。これは、まさに日本語を読むための漢字辞典。見れば、用例も日本語で書かれた文学作品などから採られている。

 本書の著者・小駒勝美氏は、この『新潮社日本語漢字辞典』を企画・執筆・編集したレキシコグラファー(辞書編集者)である。従来の漢和辞典に物足りなさを感じて、実際に自らが理想とする辞典をつくってしまったというのだからすさまじい。

 書名にもあらわれているように、著者のスタンスは明解だ。字面だけを見ると、きっぱりした言明がどことなく挑発的で、一瞬なにごとかと思う。

 これは同辞典の惹句としても使われていたもので、その主張に沿って補えば、「(日本で造られ・使われている)漢字は日本語(固有の構成要素であり誇るべき文化)である」という次第。

 中国から移入された漢字は、日本で独自の発展をみた。中国語を漢文として、まがりなりにも日本語として読み下してしまうという技巧の開発もさることながら、一つの漢字に対して音読の他に、元の中国語にはない訓読みを施す工夫は、ご案内のとおり。

「経験」「読経」「看経」読み分けられますか?

 さらには、「経」という字を、「経験(ケイケン)」「読経(ドキョウ)」「看経(カンキン)」と三通りに読んだりもする。つまり、音読にもいわゆる「呉音」と「漢音」があって、「経」を呉音読みすると「キョウ」となり、漢音読みすると「ケイ」となる。

 この他、日本語の漢字には、「一寸(ちょっと)」「秋刀魚(さんま)」といった固有の読み方に加え、外来語にも「卓子(テーブル)」「生政治(ビオポリティク)」だなんてルビを振るアクロバティックな合わせ技もある(これについては、ぜひ柳瀬尚紀訳によるジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』(河出文庫)の超絶訳技巧をご覧いただきたい)。

 本書は、このように日本で培われた漢字文化を、多数の具体例を通じて称揚するものだ。

 著者が、漢和辞典を編むに至った経緯と漢字辞典史の概略をまじえた第一章は、書名とあいまって強い印象を受けるものの、残りは「大阪はいつから大阪か(大坂ではなくて)」や「四月・四万・四時はなぜ読み分けるか」「島、嶋、嶌は同じ字」といったトリヴィアが並び、一見よくある漢字蘊蓄本のように見えなくもない。

 もちろん、そうした漢字の知識を得ること自体十分愉快だ。だが、もしそれだけであれば、類書はいくらでもあり、ここで取り上げるまでもなかったかもしれない。

 しかし、それと明示されはしないものの、本書全体に貫徹する問題意識が、他の漢字雑学本とは異なる漢字観を醸し出している。つまり、漢字とはつねに「選択」と不可分であるという問題である。

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