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江戸時代に形成された日本の美的伝統

『江戸の大普請 徳川都市計画の詩学』 タイモン・スクリーチ著 森下正昭訳 講談社   1800円(税抜き)

  • 松島 駿二郎

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2008年4月18日(金)

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『江戸の大普請 徳川都市計画の詩学』 タイモン・スクリーチ著

『江戸の大普請 徳川都市計画の詩学』 タイモン・スクリーチ著

 徳川家康が1603年に江戸の幕府を開こうとしたとき、江戸としようとした土地は一面の沼沢地だった。江戸を町らしい町にするには大普請が必要だった。家康以降三代をかけて、江戸はインフラの整った世界に誇ることができる大都市に変貌した。

 本書は江戸に関する著作の多い、イギリス生まれのロンドンっ子の著になるもの。日本人顔負けの調査力を発揮して、江戸がいかに大普請の末に、世界的な都市に成長したかを丁寧に書いていく。

 さて、人口も多くなり、流通や上水道などのインフラも整った。ところが江戸には大きなコンプレックスがあった。しょせん、江戸は新興成金の町に過ぎない。文化都市という面では逆立ちしても京都にはかなわない。江戸を文化都市にするにはどうすればいいか。京都には名所も歌枕もふんだんにある。幕府は江戸に名所をたくさん作って、『江戸名所図絵』のようなものを発行した。

 ところが、たとえば勅撰和歌集に登場するような歌枕が1つもない。武蔵野あたりに風光明媚な歌心を誘うよう場所があれば、と考えた人もいた。しかし、武蔵野は単なる荒れ果てた雑木林しすぎない。これでは歌枕にはならない。

 そこで時代が過ぎるに連れ、天気晴朗ならば江戸のどこからでも見える富士山があるではないか。でも、富士は江戸の山ではない、駿河の山だ、という反論もあったが、江戸から見える山だからいいではないか、という主張が通ったようだ。

 江戸には雪舟が描いたとされる富士の姿の絵画が入ってきた。描いた場所は三保であって、従ってタイトルに江戸の2文字は入らない。これを雪舟富士という。

 幕府お抱えの絵師狩野探幽などが、しきりに雪舟富士をテーマにしたふすま絵などを描いていく。そして江戸と富士を決定的に結びつけたのが葛飾北斎の『冨嶽百景』だった。ここにおいて江戸と富士は切り離せない風景となり、みごとな歌枕が誕生したのである。

以来駿河の山でありながら富士は江戸の歌枕の地位を獲得したのだ

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