• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

人が吹っ飛ぶ「究極奥義」を科学する~『武道vs.物理学』
保江邦夫著(評:栗原裕一郎)

講談社+α新書、840円(税別)

  • 栗原 裕一郎

バックナンバー

2008年4月18日(金)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

評者の読了時間2時間00分

武道vs.物理学

武道vs.物理学』保江邦夫著、講談社+α新書、840円(税別)

 ひとりの男がいる。

 ひ弱で運動音痴だったため、いじめにちかい扱いを受けていた。クラスにはもうひとりいじめられっ子の肥満児がいて、ふたりは自然と仲良くなっていたのだが、ある日、心ないいじめっ子たちから「ケンカしたらデブのほうが強いだろう」とけしかけられた肥満児は、友達であるはずの男を突き倒し組み伏せて「俺のほうが強いんだ!」と叫んだのである。

 それ以来、男はいちばんの弱虫というレッテルを貼られた。この事件はトラウマとして残り、男を終生苦しめることになる。

 ひ弱な自分でも鍛えれば強くなれるかもしれない。そう考えた男は武道の門を叩いたがお話にならなかった。

 男は虚弱な体質でも打ち込める仕事に就いた。一身に取り組むこと30年、気づくと男は50代に入っていた。そこそこ満足のいく成果を残せたことを確認した男は余生を穏やかに過ごそうと考えたのだが、好事魔多しで進行したガンが見つかってしまう。手術は成功したものの再発を宣告された。男は残りの人生を諦めざるをえなかった。

 しかし、こんな余生しか残されていない今こそ、武道にふたたび取り組むべき時なのではないか。

 生への執着を捨て去った男は、死への準備を整えるため、かつての門を再度叩いた。

 そして男は奇跡に出会った。

 格闘技の達人たちをいとも簡単に吹き飛ばしてしまう自分がいることに気づいたのだ。

 そう、ささいなことをきっかけに、男はいつしか武道の「究極奥義」を自在に操れるようになっていたのである。トラウマがすーっと解消したことがわかった。ガンの進行も止まってしまったようだ。

 「おお、神よ!」残された人生で何をなすべきか発見した男は天に感謝を捧げるのだった……。

 以上が本書のあらましである。要約するなら「スピリチュアルな自分探し癒し系」、問答無用で「トンデモ」確定しそうな勢いだ。

ニセ科学か、仮説の提示か

 だが、ブラウザを閉じるのはちょっと待ってほしい。というのも、男が30年間打ち込んできた仕事とは、物理学、それも理論物理なんですね。

 そして、男すなわち著者が見つけた「なすべきこと」とは、自分に突如備わった力の謎の追究をとおして「科学では説明できない」といわれてきた日本武道の「究極奥義」である「合気」を科学的に解明することであり、その仮説とそこにいたるまでの思考の過程を解説したものが、ほかでもない本書なのである。

「科学者にだってアッチいっちゃってるっぽいヤバげな人けっこういるじゃん? そのたぐいじゃないの?」

 うむ。評者もまずその可能性を疑ったので軽くリサーチしてみたのだが、そういう評判はないようだった。専門は量子脳力学。ホーキングの相棒ロジャー・ペンローズが追究している、意識を脳内の量子現象として理論づけようというあれですな(ただし、保江の理論はペンローズとは別の系統である)。

 やっぱりアッチじゃないかって? うーん、そういいたがる人もいるけど、でも、あんな最先端バリバリの仮説がトンデモかどうかなんて素人には判断つかないですよ? 科学者にもはっきり「ト」と断言している人はほとんどいない(遠回しに匂わせている人はけっこういるが)。批判はいっぱいあるけれど、仮説に対する批判と「ト」認定は別ですからね。

 ついでに「ニセ科学」についてもちょっと。水に「ありがとう」と話しかけるときれいな結晶ができると主張する江本勝『水からの伝言』に激しい批判が出て論争が起こったことは記憶にあたらしい。批判サイドの代弁者となった物理学者・菊池誠氏のホームページに情報が蓄積されている。

 菊池氏はたびたび「グレーゾーン問題」に言及している。簡単にいうと「科学とニセ科学をすっぱり区別するのは本当はなかなかできないんだよ」ということだ。詳しくは、戸田山和久『科学哲学の冒険』(NHKブックス)と伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』(名古屋大学出版会)を参照されたし。

 「ニセ科学」関係のタームとしては「未科学」というのもある。これは「いつか科学と認められるかもしれないが、現状では何ともいえん」という「科学以前」の状態を指しているから「ニセ科学」とは区別しなければならない。ペンローズの量子脳論もいまのところ「未科学」ということになるだろう(旗色は悪そうだけど)。

 というわけで、本書についてもひとまず虚心に読んでみるのがよさそうである。

「空気投げ」を手がかりに奥義に挑む

 本書は大きく二部構成になっている。前半では、物理の基礎のおさらいをしつつ、いくつかの格闘技の技などに分析が加えられる。

 解析されるのは、柔道の達人・三船久蔵十段の考案した「空気投げ(小柄な三船十段が軽く左右に振るだけで敵が吹っ飛ぶ)」の秘密、はったりのような空手の跳び蹴りに威力がある理由、グレイシー柔術の「マウントポジション」が総合格闘技において圧倒的強さを見せる理由(とそれの返し技)といったところ。

 このうち「空気投げ」の部分が、「究極奥義」の謎に迫っていく後半の、いわば伏線になっている。

コメント6件コメント/レビュー

筆者は高い数学力をベースに理論物理だけではなく金融数学にも通じているのですが、非線形物理学の知見と自然現象の理解力が少々欠けているように思います。ちなみに、工学者の視点からは電気説の検証方法として妥当なのは「絶縁」ではなく「シールド(導電体で包む)」です。なお、合気や空気投げの正体は、きわめて高度な「フェイント」ではないかと思います。(2008/04/23)

「NBO新書レビュー」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

筆者は高い数学力をベースに理論物理だけではなく金融数学にも通じているのですが、非線形物理学の知見と自然現象の理解力が少々欠けているように思います。ちなみに、工学者の視点からは電気説の検証方法として妥当なのは「絶縁」ではなく「シールド(導電体で包む)」です。なお、合気や空気投げの正体は、きわめて高度な「フェイント」ではないかと思います。(2008/04/23)

理想ではなく現実問題として理論が正しいかどうかよりも使えるかどうかが重要。勿論正しい方が使える確率は高まると思われる。理論を深く理解する事によってより使用効率が高まると思われる。応用もし易くなると思われる。極端な話では間違った理論でも何らかの役に立つと考える人が多ければ保存される。(2008/04/19)

「ト」とか「ニセ科学」といって切り捨てる方々は、自分たちが科学的な思考をしていないことに気づいていないのでしょうか。筆者にも少しその傾向がありますね。この場合の反証は『電気じゃない』ではなく『電気では無理』です。ある現象の原因が電気ではなかったとして、その現象を電気で発生させることができないわけではありません。それと、ある時点の科学で正しかったことが未来の科学で否定されるのはよくあることですが、逆に間違っているとされていたことが正しいとされるのもよくあることです。(2008/04/19)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

日本の経営者は、経験を積んだ事業なら 失敗しないと思い込む傾向がある。

三品 和広 神戸大学教授