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世界が戦争を叫ぶ中で『ボクは算数しか出来なかった』
~情けなくてすがすがしい天才の物語

  • 折野 冬葱

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2008年4月30日(水)

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ボクは算数しか出来なかった

ボクは算数しか出来なかった』小平邦彦著、岩波現代文庫、800円(税抜き)

 「フォレスト・ガンプ 一期一会」という映画をご存じだろうか。生まれながらに知的障害を持ち、一心に、ただ一心に走ることが好きで、行く先々、世界中の偉人に愛される男の話だ。

 心の美しい、社会的な裏表のあれこれを意識せぬ、本当にひたすら数学を愛した一人の男性の半世紀を綴ったこの自伝は「フォレスト・ガンプ 一期一会」に劣らぬ感動を与えてくれる。

 本書を書いたのは、数学のノーベル賞に匹敵するフィールズ賞を日本で初めて受賞した人物。なんだかんだ言いつつ一高から東大に進んでいるし、アメリカの大学に研究をしに行って実績を残しているし、家柄がよく金銭的な苦労をしたという記述は見あたらず、玄人はだしのピアノまで弾ける。そして、現にこの本を書くほどの文章力がある。

 そんな天才に『ボクは算数しか出来なかった』と言われても、「他の科目が出来ないったって、そこそこは出来たんでしょう」とちょっと斜に構えてしまう。が、小学校の様子を読むと、胸がつまる。

〈小学校の頃の私は算術が出来たが、他の科目は駄目で、そのうえ声が小さく吃るので、先生の質問にうまく答えられず、惨めな生徒で、学校は嫌いであった。特に体操はひどかった。背が低く、足が特別短かったので、徒競走など一周遅れて先頭を走っているような始末で泣きそうになった。綴り方も書く材料が見つからないので嫌いであった〉

 「書く材料が見つからないから綴り方が嫌い」というのは、気の毒ながら笑えるエピソードだ。

 淡々とつづられた本書を読みすすむにつれ、算数・数学が好きで好きでたまらないようすが、素朴な人柄とともにまっすぐ胸に響いてくる。幼い頃から数に異様な興味を示し、いつまででも豆の数を数えていた少年は、算術だけは抜群の成績で小学校を卒業し、中学へ進む。現在の小石川高校の前身となる府立第五中学校。当時の校長先生の

〈教育とは人の子を人たらしめるようにと苦心することである。幼き者が生まれながらにして抱いている天分を伸び伸びと長大せしめ、その心身の発達進展のため、あらゆるよい条件を与えてやろうという努力である〉

という考えに基づいて創立された、自由な校風を持つ学校だった。この中学で、相変わらず小平氏は数学に全勢力をつぎ込む。四年生まで使う教科書に載っている練習問題を、三年のうちに全部解いてしまい、第一巻が600ページ、第二巻が800ページもある『代数学』という本を買ってきて読み始める。

周りが一億玉砕を叫ぶ中で

 この頃、小平氏ははっきりと「数学が好きだ」と意識する。他に割合出来たのは物理と化学、それ以外、英語、漢文、国語、地理、歴史、すべてだめだった、とある。相変わらず声が小さくて口ごもるところを、とがめられ続ける。

 その後、一高、東大と進む。エリートコースまっしぐらじゃないか、とうらやみたくもなるが、どのテストも数学の高得点だけで突破しているのがすごい。今なら偏差値で関係のない教科まで評価対象となり、こてんぱんに不合格にされたかもしれない。あまりの数学好きが高じて、東大でも「授業に時間を割くのがもったいないから」と、試験の時は友人のノートを借りて臨み、普段は丸善で片端から数学書を買って読み続けた。

 そうして、東京大学物理学科の助教授にまでなった。

〈助教授になったから生活には困らない。あとは数学や理論物理を勉強したり、論文を書いたり、レコードを聴いたり、ピアノを弾いたりして一生楽しく日本で暮らすつもりであった〉

 その心づもりが、戦争で狂ってしまう。家もレコードもピアノも消失した。焼け跡にようやく建てたバラックに住んだ。

〈それにもかかわらず、私は論文を書いていた。ああいう極限状態における心理は後から考えてもよくわからない。軍部は一億玉砕を叫んでいて、戦争が終わる兆しは全く見えず、戦後まで生き延びられるかどうか、そもそも戦後なるものが来るかどうかわからないときに、どういうつもりで論文を書いていたか、不思議という他ない〉

 予期せぬ災厄に巻き込まれたとき、おろおろとそれに振り回されることなく、自分がすべき(と決めた)ことをやり続ける胆力。これはビジネスの世界でも必要な力だ。それが何であれ。

 そして、戦後、は、やってきた。

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