• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

「かまえての力」って、なによ?~『続 オーディオ常識のウソ・マコト』
千葉憲昭著(評:栗原裕一郎)

講談社ブルーバックス、940円(税別)

  • 栗原 裕一郎

バックナンバー

2008年5月15日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

評者の読了時間3時間00分

続 オーディオ常識のウソ・マコト

続 オーディオ常識のウソ・マコト』千葉憲昭著、講談社ブルーバックス、940円(税別)

 先日、とあるサイトに目を疑うような記事が上げられ、オーディオにいろいろな意味で興味を持つ人たちのあいだでちょっとした祭りになった。

 スイスのゴールドムンド社はハイエンド・オーディオのなかでもとりわけ超高級のブランドとして知られるが、同社が新製品として発表した国内価格140万円のユニバーサル・プレーヤーと、この手の品としては最廉価にちかい実売1万3000円ほどのパイオニア製DVDプレーヤーの中身がほとんど同じであることが、海外のオーディオ・マニア掲示板にて写真付きで暴露されたのだ。

 あのゴールドムンドの中身が、メカはもとより基板までそっくりパイオニアで、しかもスカスカ。

 「いくらなんでもこれは詐欺だろう」「いや、パイオニア最強!ってことだ」等々、まあ実際はもっとミもフタもない書き込みが2ちゃんねるやはてなブックマークなどには溢れたわけだが、この一件にかぎらず、ここのところウェブでは「オーディオのウソを暴く(嗤う)」ような記事やエントリが目につく。

 メーターウン十万円の超高級スピーカーケーブルと、ホームセンターで売っている数百円の普及品を比較するブラインド・テストをしたところマニアふくめほとんどの人が区別できなかったとか、総額200万円のシステムと4万円のシステムに優劣がつかなかったとか、もっと酷いのになると、ハンガーを伸ばしてこしらえた針金スピーカーケーブルと高級ケーブルを取っ替え引っ替えしても誰ひとり気づかなかったとか。

 それにしても、単品コンポを組み上げる趣味のオーディオなんて凋落して久しいわけだ。90年代が終わるころ、国産ピュア・オーディオ市場はほぼ絶命した。アンプの雄サンスイも、スピーカーの代名詞ダイヤトーンもなくなったし(ダイヤトーンはちょっと復活したが)、老舗ケンウッド(元トリオ)も撤退した。テクニクスはもはやDJ用ターンテーブルにかろうじて名を留めるのみだ。どうしていまさらオーディオの虚妄が話題の焦点になったりするのか。

ネットの啓蒙派にはきっとたまらない

 おそらく「ニセ科学」への批判が横滑りしてきたということなのだろう。オーディオにまつわるアヤシげな商品やそれらを取り巻く言説なんてオカルトの見本市状態だから、ニセ的現象の蒙昧を叩きたくてうずうずしているネットの啓蒙派にとっては、惹き寄せられずにいられないマタタビみたいなものである。

 オーディオをめぐる言説や現象がオカルトじみてしまったのは、煎じ詰めればオーディオ評論の責任である。自らオカルトを実践布教する評論家もいるが、ともあれ、70年代から90年代にかけての最盛期に、オーディオ評論は、音を評価するための言葉、科学的とまではいわないにせよ、それなりの普遍性や客観性、妥当性を備えた言葉の技術というものをついに開発できなかった。

「それは動きの表情より、むしろ、かまえての力といってよいのかもしれない」(「かまえての力」が意味不明だがママ)

「『砂』に例えるなら、大粒の砂がざーっと勢いよく流れてくるのではなく、きめの細かい砂がさらさらと、しかし同じスピードで流れている感じ」

 これは最近の雑誌から適当に拾ったフレーズだが、オーディオ評論というものは、こんなふうに、印象をひたすら抽象的につづる、人工無能が自動生成したみたいな(ある意味で)詩的な言葉が横溢する異空間に成り果てて久しい。

 「解像度」「スピード感」「音像感」「表現力」「腰高」……といったジャーゴンも駆使されるのだが、評論家ごとにてんでに使われているだけなので判断の参考にすらならない。カリスマ評論家、故・長岡鉄男がコンポの「質」を判断する基準に「重さ」を使っていたことはよく知られているけれど、逆にいえば「重さ」くらいしか客観的な指標となりうる要素がなかったということだ。

 同時に「ある水準を超えたら、音質の差なんてプラシーボにすぎない(ようするに“気のせい”であり、オーディオ評論は端的に無意味だということ)」という批判も根強くあって、ゴールドムンドのような例を見せられるとあながち極論ともいいがたく思えてくる。プラシーボ効果なのかどうか、二重盲検テストをやれば白黒つくはずなのだが、オーディオ誌や評論家はこれをかたくなに拒んできた。もっとも、批評対象がスポンサー商品という商業媒体の宿命を鑑みれば、あまり責めるのも酷ではある。

コメント3

「NBO新書レビュー」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

意外なことに、伝統的な観光地が 訪日客の誘致に失敗するケースも 少なからず存在する。

高坂 晶子 日本総合研究所調査部主任研究員