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「1日も早く、向こうでゴルフをしたかった」---今田竜二(前編)

14歳で単身渡米「寂しさなんて全然なかった」

  • 三田村昌鳳

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2008年5月19日(月)

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 広島県南部、尾道の西隣にある三原市。そこが今田竜二の故郷だ。どっしりとした山々を背に、四国までも見渡せる穏やかな海が広がる。いまもなお自然の風景が残るこの場所で、今田は生まれてからの14年間を過ごした。

 単身、アメリカへ渡ったのは14歳のとき(1990年)だった。旅立つ日。父親は近くの駅で、中学2年を終えたばかりの息子を見送った。今田は独りでフロリダ州タンパへ向けて出発した……。

 不安とか、寂しさとか、心細さとか、なかったの? と聞くと「いえ、まったく!」と今田はあっさり否定する。

 「早く独り立ちをしていろんなことを学ぼう、外に出ていこうという気持ちがすごく強かったと思います。とにかく行きたい、早く向こうでゴルフをしたいと、前しか向いていませんでした。だから、食事の面とか、言葉のこととか、何も考えていなくて、行ってみて初めて『あー、ゴルフだけじゃないんだな』と気づきました(笑)」

 きっかけは、現地在住の知り合いから「ここはゴルフをする環境が整っている。いい所だよ」と聞かされたことだった。

 それにもう1つ。テレビで観たマスターズからも強い衝撃を受けていた。「日本のゴルフにはない、凄い環境でゴルフをやっている。このことが頭から離れませんでした」。

 あそこでゴルフをしたい。彼には強い意志と情熱があった。渡米してすぐにゴルフアカデミーに入学。それは日本で決めていた進路だった。父親の隆史さんは、かつてこう話していた。

 「竜二がアメリカに行きたいって言うんで、周りのみんなに反対してもらおうと思って相談したら、逆に『是非行かせてあげなさい』と、口を揃えて言うんです(笑)。本人の決意も本物でしたし……。それでようやく送り出したのですが、留学してから1年以上ものあいだ、竜二は電話も手紙もよこしませんでした」

 最初の電話は、アカデミーを辞め、そこで出会ったリチャード・エイブルというティーチングプロと二人三脚でゴルフの勉強をしたい、という内容だったが、その決断は正しかったようだ。

「僕にとって最高の出会い」をしたティーチングプロのコーチのもとで、全米ジュニアの大会に通算6勝を挙げるなど大活躍し、94年『ゴルフウィーク』誌選出最優秀ジュニアプレーヤー、95年にはロレックス選出最優秀ジュニアプレーヤーに選ばれた。この間、ジュニア時代のタイガー・ウッズの記録を破った実績も持っている。ジュニア時代の今田の活躍は、全米のゴルフマスコミにも大きく扱われた。

 「でも、本人は『そんなに大したことじゃない』って、いつも言うんですよ。優勝しても電話もかかってきませんし」。いまでも、いつ日本に帰ってくるかわからないと父親の隆史さんは笑う。

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