昭和6年に完成した「廣野」は関東のゴルファーにも高い評価を得る。赤星四郎・六郎、大谷光明などアリソンの設計術を目のあたりにしたこともあって絶賛し、その後の彼らの設計に大きな影響を与えた。
「アリソンバンカー」として有名になったアゴが高く、深いバンカーは確かに彼の持ち味だったらしく、設計家で歴史家でもあるG・コーニッシュは「アリソンの微妙で柔らかい造形ラインは多くの影響を米国のゴルフ場界に与え、グリーンサイドの深いバンカーはH・ハッチンソン(全英アマ2連勝のジャーナリスト兼設計家)に絶賛された」と書いている。
アリソン自筆の18番グリーン詳細図。
「廣野」コースの戦略性についてはここでは多くを語る余裕はないが、1つだけ挙げるとすればグリーン攻略の難しさだろう。
アリソンの図面で気がついたことに、グリーン正面エッジの高さと手前25ヤードでの高さの違いがある。たとえば18番ホールのグリーン詳細図を見ると、グリーン中心点を示す「×A」は「+3」(高さはフィート)、正面エッジの「×」は「+2」、手前花道の10ヤード地点の「×」は「-3」、さらに手前25ヤード地点の「×」は「ZERO」とある。つまり、フェアウェイがグリーン手前で3フィート(約90センチメートル)下がり、エッジへ5フィート(150センチ)上がるという具合に、小さいハロウ(窪み)がグリーン前に設けられるのだ。
他にも、4・8・16・17番ホールにこうした造形が見られ、「廣野」のグリーン攻略の難しさを特徴づけている。これはスコットランドの名リンクス、たとえば「ノースベリック」、「プレストウィック」、「ロイヤル・ドーノック」などに見られる砲台グリーンの在り方で、アリソンがコルトと共著した設計論「Same Essay on Golf-Course Architecture」(1920年刊)にも、リンクスの特徴として書かれている。スコットランドのリンクスを研究して、その長所と短所を理解した上で、設計家になったアリソンの見識がここにも現れているのだ。
米国の設計家、P・ダイが英米のアマ対抗戦、ウォーカー・カップ出場のため渡英、リンクスを巡礼して設計家になる決意をするのだが、彼もこの「グリーン前の窪み造りがグリーンを砲台に見せる秘訣だ」と理解したエピソードもある。つまり、「廣野」のグリーンにはスコットランド・リンクスの持つ知恵が内包されており、そのために多彩なアプローチ技術を要求しているのだ。
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