「“ありがとう”の買い物」

「つくろうとしすぎない」心が食卓を満たす

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2008年5月22日(木)

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 最近読んだどのミステリー小説よりも衝撃的だったのが、岩村暢子さんの「普通の家族がいちばん怖い」(新潮社)というノンフィクション。76枚の食卓写真と760枚の主婦の証言で現代の家族像を浮き彫りにしたものだ。1990年前後にはじまった個食化は進行し続け、今や各人が都合のいいときに、好きメニューを食べる「勝手バラバラ食」の時代。年に1度の元旦の朝でさえ、それぞれ目覚めた順に、肉まんやメロンパン、オニギリなどを好き勝手に食べるのだという。食卓に「おせち」が並んでいても、もはや「お飾り」でしかない家庭も少なくない。

 いやぁー、怖い、怖い、これからの世のなか、どうなるの?―――などと人ごとのようにいっている場合じゃない。

 ウチはオトナだけの二人暮らしだから目立たないけど、「バラバラ食」の度合いは着実に高まっている。朝食だけでも一緒に食べたいが、行動パターンが違うため平日はバラバラ。せめて休日の午前中、ゆっくり時間がとれそうなときには、おいしいパンを調達して、会話を楽しみながらゆっくり朝食をとるようにしている。が、なぜか最近は会話がすすまない。

 そういえば食器棚がいっぱいになってから、皿を買うのを我慢している。そのせいでテーブルセッティングする情熱も失せている。新しい食器を買い、気もちのいい朝の食卓を演出すれば、会話もはずむようになるかもしれない。そうだ、おいしいパンを載せるための皿を買おう!ざっくり焼きあがったパンが似合う木の皿がいい。嬉しい!久々に皿が買える!(ああ、なんという勝手な解釈。でも案外、ヒトの意識はそんなものかも)

パンをおいしく食べる皿とは?

 まずは理想の皿を思い描くことからはじめてみた。素材は木、メープルなどの白っぽいきれいな質感がいい。木製だけれどモダンな暮らしに合う、それでいて温かさを感じさせてくれるシンプルな木の皿にしよう。

 探すのに時間はかかるかもしれないと思っていたら、仕事帰りに偶然立ち寄ったインテリアショップ「プレイマウンテン」で難なく理想どおりの皿が見つかった。天然メープルのオイル仕上げ。木肌の生地の美しさがそのまま活かされている。この店を運営するデザインチーム・ランドスケーププロダクツのオリジナルで、国内の挽物加工工場に発注して製造しているそうだ。機械製だが、手工芸的なぬくもりを感じさせるのは木肌の故か。2サイズある中から直系16センチの小さな木皿をパン用に選ぶ。1枚2100円だった。

 今回の買い物は、皿だけでは終わらなかった。木皿の横には、バターナイフ、バターケース、チーズドーム(チーズ入れ)、パン切り台、パン立て。パンを食べる時間を楽しくしてくれそうなモノがずらり並んでいるじゃないですか。

ずらりと並んだ木皿、バターナイフ、バターケース、チーズドーム(チーズ入れ)

「きっかけは、北海道の友達がカルピスバターを送ってくれたことなんです。おいしいバターを知って、パンを食べることが楽しくなって、それなら、パンのある生活を豊かにするような道具をつくろうということになったんです」

インテリアショップ「プレイマウンテン」代表 中原慎一郎さん

インテリアショップ「プレイマウンテン」代表 中原慎一郎さん (写真はすべて大槻純一)

 代表の中原慎一郎さんの発言に、「そうか、そうだったか」と大いに納得。カルピスバターをはじめとする業務用バターは、今は原料不足で品薄になっているが、ポンドバター(業務用は450グラム、つまり1ポンド)と呼ばれて消費者のなかにも愛好者は急増している。昨今のパンブームで、良質の小麦を使ったおいしいパンを求めてわざわざ遠くまで足を運ぶという現象ともリンクしているのだ。

 パンの道具、それぞれがつくられたプロセスがユニークだ。

バターケースとバターナイフ、木皿

 まず、木の皿。中原さんを中心にデザインチームが集まり、どんな木皿に惹かれるのか、話し合うところからスタートした。スタッフが、いいな、と感じる木皿を持ち寄ったら、どれも1950年代の北欧製。固有の木工作家が作り出したものでも、有名なデザイナーが考えたものでもないのに、美しく、使いやすい。それらを参考にしながら、縁の厚みや反り具合、高台(脚の部分)の高さを決めていった。

 バターナイフ。デザインする前に、子どもや大人を集めてバターナイフづくりのワークショップを開催し、つくる喜びをみんなで共有した。そのときにデザインチームのメンバーが手で削ったバターナイフを原型に商品化している。

 チーズドーム。ガラスのドームは、スタジオ・プレパの名称で活動する手拭ガラス作家 平勝行・瑞穂夫妻とのコラボレーションでつくった。スタジオ・プレパとのつきあいは、中原さんがとある美術館で彼らの作品に出会ってから。スウェーデンやベネチアなどの伝統的な技法を使い分けた彼らの作品は、すべて手づくりでありながら、大きさ、形、厚みが均一。作家性を打ち出すことより、使いやすい日用品を量産することを目指すその心意気と作風に中原さんは共感している。

「つくらされている」でも「つくろうとしすぎる」でもなく

 中原さんの説明を聞き、柳宗理が主張するアノニマス・デザインという有名な言葉を思い出した。

 直訳すると、匿名のデザイン。作り手の美意識や自己顕示欲から生まれた趣味性の強いデザインとは対極にあるもので、使い易いということで長いあいだに自然と浄化されて出来上がってしまったプロダクツデザインをこう呼ぶ。登山のためのピッケルや実験用ビーカーなどが代表例だ。ランドスケープ・プロダクツの木皿をはじめ、バターナイフもチーズドームもアノニマス・デザインを目指して作られているような気がする。そう思って再び皿を眺めると、どんなモノとも調和する、温和な表情が見えてきた。

 中原さんたちは、自分たちがつくりだしたり、選び出したりするものを「マンメイド・オブジェクト」と名づけている。

「プロダクトであろうがクラフトであろうが、デザイナーだろうが、いわゆる作家だろうが、あらゆる境界をとっぱらって、フラットななかから人がつくるいいオブジェを、僕らは『マンメイド・オブジェクト』と呼んで評価しています。つくらされているものは嫌だし、つくろうとしすぎているものも嫌だし。そこの闘いです」

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著者プロフィール

金丸 裕子(かなまる・ゆうこ)

神奈川県生まれ。法政大学文学部在学中に考現学の手法でマーケティングを行うコンサルティング会社で修業を開始。1980年代から東京の街と生活者を継続的に観察し、生活文化としての消費をテーマに調査リポートを手がける一方、「日本経済新聞」「東京人」ほかでルポやコラムを執筆



このコラムについて

“ありがとう”の買い物

100円あれば大抵のモノは買える時代でも、作った人、売っている人に思わず「作ってくれてありがとう、売ってくれてありがとう」と言いたくなる品物はまだまだある。そんなとき、買い手の心を動かすのは何だろうか。お金を媒介にした幸せなコミュニケーションが成立する過程を、筆者の実際の買い物から探る体験ルポです。

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