「著者に聞く」

著者に聞く

2008年5月26日(月)

ノウハウ本を捨てよ、悩む力が閉塞を打ち破る

政治学者、姜尚中氏が語る「悩む喜び」の極意

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 『悩む力』という新書を上梓した政治学者の姜尚中(カンサンジュン)氏。文豪・夏目漱石や社会学者・マックス・ウェーバーを題材に「悩むことの意義」を描いている。悩むことで自分の中の内なる力に目覚める。それこそが、生きる力や創造性につながると説く。

 仕事、恋愛、家庭、金――。長い人生、“悩み”は尽きることはない。常に心を重くする、ネガティブな響きがつきまとう。だが、姜尚中氏は「悩むことは喜び」と発想の転換を求める。その意味することは何か。悩み多き現代人の1人として話を聞いた。

( 聞き手は、日経ビジネス オンライン記者 篠原 匡 )

――悩みなど持ちたくない。多くの人々はそう思うものです。でも、その悩みが生きる力になるという姜さんの主張はとても斬新です。「悩む力」というテーマを、夏目漱石とマックス・ウェーバーという2人の先人を題材に描こうと思ったきっかけを、まず聞かせて下さい。

姜尚中(カンサンジュン)氏
1950年生まれ。早稲田大学政治学研究科博士課程修了。東京大学大学院情報学環教授。専攻は政治学・政治思想史。著書に『マックス・ウェーバーと近代』ほか(写真:村田和聡 以下同)

姜 1つには58歳という私の年齢があるでしょう。自分の過去を振り返っても、未熟だったというか、それこそ赤面して穴があったら入りたいと思うようなことの連続でした。私自身、意外と悩んできた方の人間だと思っています。

 昨年、NHKの「知るを楽しむ」という番組で夏目漱石に関して話をする機会に恵まれました(2007年7月放送)。漱石は私が一番好きな作家。子供の時から一番、読んでいました。この番組で完全に素人の、僕なりの漱石論を話しました。

 僕はよくネクラと言われますけど、高校まで野球ばっかりやっていたくらいで、まったくネクラではありません。ただ、どうしても悩みのカサブタみたいなものが積み重なっていってしまった。作品を読んでもらえれば分かるように、漱石も同じように悩みの人だった。4回の番組でしたが、自然と「悩み」が1つのテーマになったんですね。

 実は、漱石もウェーバーも僕より早く死んでいる(漱石は49歳、ウェーバー56歳)。漱石のあのひげ面を見て、僕より若いとはとうてい思えないんだけど。それを考えると、自分は何をして生きてきたのかな、と。それで、2人を手がかりに悩みを書いてみたいと思ったんですよね。

漱石が生きた時代と重なる衰退の予兆

――確かに、漱石は40代とは思えない貫禄がありますね。

姜 もう1つ重要なことは、彼の生きた時代と我々の時代がかなり似通っているという点です。漱石が生きたのは日露戦争以降、新興国家として隆盛を極める一方で、間違いなく没落していくという気持ちもある。そんな相半ばする感情がせめぎ合っている時代でした。

 今の日本も同じに見えます。どうやらかつてのような高成長はもう打ち止めではないか。うまい言葉が見つかりませんが、どうやってうまく衰退していくか。みながそう感じているのではないでしょうか。このような時代には、漱石が出した1つのテーゼが示唆的だと思っています。

 それは、「身の丈で生きよう」ということ。前に前にがむしゃらに生きていくのではなく、身の丈で生きていこうということです。漱石は拝金主義で凝り固まった成り上がりを嫌悪していました。恐らく、(帝国主義の覇権を確たるものにしていた)英国に留学して、英国に対して反感を抱きながら、悩んで会得したことだと思うんですね。

 僕の人生観も戦後の高度経済成長期そのものだから、前へ前へとがむしゃらでした。ただ、高成長が難しくなって、みなが目標を喪失気味になっている。「前へ前へ」ではなく、もうちょっと、身の丈で生きてもいいのではないか。そういうメッセージを普通の人に送りたかった。

――著書の中では、漱石の作品とカネの関わりにも言及されています。

姜 あまり皆さん指摘しませんが、漱石の作品ではカネが大きなトピックになっている。よくよく見ると、彼は終生、カネの問題に悩んだ。今でも、老後の不安でも何でもありとあらゆるものが、カネに通じているでしょう。この悩みの根っこにあるものを、彼なりに文学の中で考えているんですね。

 『心』には、カネは人間関係を壊す根源のように書かれています。『それから』でも、代助の進退を決定づけた要素はカネ。『明暗』も生活費が夫婦関係のネックになっている。急速な経済発展によって大国への道を歩み始めていた日本と、同時に出現した成り上がりに目を凝らしていたのでしょう。

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