「養老孟司先生のタケシくん虫日記」

三峰山でムシを採る

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2008年5月28日(水)

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 翌25日は最終目的地のプーサムスンへ向けて、いよいよ出発。

 まず飛行機でシエンクワン省ポンサヴァンに行く。ヴィエンチャンから三十五分。ポンサヴァンのホテルは立派で、コテージ風。

ポンサヴァンの「豪華ホテル」の入り口でくつろぐ、養老先生と、ムシ仲間の池田清彦先生(右)

ポンサヴァンの「豪華ホテル」の入り口でくつろぐ、養老先生と、ムシ仲間の池田清彦先生(右)

これがホテル裏の急斜面。向こうにはのんびりした田園風景が広がります。

これがホテル裏の急斜面。向こうにはのんびりした田園風景が広がります。

 予約したタイプの部屋がいっぱいということで、私と池田君が要人用の部屋に泊められた。応接間つきの立派な部屋。池田君は、こんな立派な部屋にははじめて泊まった、とニヤニヤしていう。

 ホテルの裏は急斜面の草地で、その先に川があり、流域が田んぼになっている。小島君と関東君が網を持って、早速飛び出していく。カミキリ屋は動かない。あんなところにカミキリなんかいないという。そもそも木がほとんど生えていない。

 上からしばらく観察していると、小島君たちの動きが、明らかに虫が採れているときの動きである。まもなく下から「たくさんいますよおー」という小島君の声がする。私も道具を持って、斜面を下っていった。たしかにクチブトが何種か、小さな潅木や草についている。いるもんですなあ。プロのすることは見習うべく、いうことは聞くべきである。とまあ、このときはそう思った。

 ホタルが採れたり、クリタマムシの親戚が採れたり、この草原には結構いろいろ虫がいる。なんということもない斜面だけど。

 そのうち池田君と新里君も降りてきて、トンボを採ったりしている。池田君によると、チョウを採るより、トンボを採るほうが、採ること自体は面白いんだって。わからん。採ったトンボを整理しながら、ロクなトンボはいないと池田君がブツブツいっている。

 上に戻ってくると、小島君と関東君が私の部屋の裏に白布を張りはじめた。夜に備えて灯火で虫を集めようという算段である。ところが若原君が水銀灯はないという。これから行く山の麓の村においてある。

 夕食を町で済ませてホテルに戻り、白布を見に行く。カンショコガネくらいしか、来ていない。小島君は水棲のゾウムシが採りたいのである。「そんなゾウムシ、いるの」と池田君が訊いている。「たくさんいますよ」と、小島君が答える。

ホテルの裏に、白い布を張り、電灯をつけてムシをとります。

ホテルの裏に、白い布を張り、電灯をつけてムシをとります。

虫捕りに熱中して、ホテルの蛍光灯を折っちゃうコマッタひとびと・・・。虫捕りに熱中して、ホテルの蛍光灯を折っちゃうコマッタひとびと・・・。

虫捕りに熱中して、ホテルの蛍光灯を折っちゃうコマッタひとびと・・・。

 白布の傍に、蛍光灯をつけた柱が立っている。小島君がそれに目をつけた。蛍光灯のカバーの下に、おびただしいゴミが溜まっている。ほとんど全部、虫に違いない。あのなかに絶対ゾウムシがいますよ、と小島君。

 どういうわけか、重たいがっしりした竹の梯子が、すぐ傍に転がっている。小島君がそれを立てて、蛍光灯の柱に立てかけようとする。カバーの下に溜まった虫を採ろうという算段である。まわりも手伝って、梯子が柱にかかった。「梯子の角度は七十五度にしてください」と、さすが専門家はいうことが細かい。

 梯子が無事に立ち上がって、どうやら上れそうになったら、小島君がまたいう。「いちばん体重が軽い人」。そうなると文句なしに若原君である。若原君が梯子を上って、カバーを外そうとするが、なかなかはずれない。「もっと外側の上のほうにロックがあるはずですよ」と、下から小島君がいう。若原君がしだいに横へ体重を寄せていったら、案の定、蛍光灯を支える横棒が折れ曲がり、梯子が倒れだした。身の軽い若原君は梯子が地面に倒れる前に飛び降り、支えの横棒が折れ曲がった蛍光灯は、斜めになったまま停止。

 その蛍光灯を下からさらに覗きながら、あっ、クチブトが歩いている、と小島君。若原さん、大丈夫ですか、の一言もない。とにかくゾウムシのことしか、頭にない。

 このまた一部始終を、伊藤君がホームヴィデオに収めていた。蛍光灯を壊した犯人の動かぬというか、動く証拠である。

 この人たちのやることといったら、要するに子どもというか、なんというか。小島君の頭のなかにゾウムシしかないのは確かである。上るといえば、あっという間に梯子に上りだす若原君も若原君である。伊藤君は今回の採集旅行のテレビ収録のためのディレクターを兼ねているから、記録をとるのは、まあやむを得まい。

 それにしても、あそこになぜ梯子があったのだ。地面の上に用もなく、ただ梯子が置いてあるなんて、こういう連中をそそのかしているようなものである。変な集団だとは思ってはいたが、先行きが思いやられる。

 とはいえ私もこの集団の最高齢者だから、ひとまず若い人の行動を抑えなければいけない立場にある。しかしその私が、じつは梯子を支えていた一人なのだから、言い訳できない。

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著者プロフィール

養老孟司(ようろう・たけし)

養老 孟司

解剖学者/作家/昆虫研究家

1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。東京大学名誉教授。著書に『からだの見方』(筑摩書房、サントリー学芸賞)『唯脳論』(青土社)『人間科学』(筑摩書房)『バカの壁』(新潮社、毎日出版文化賞)『死の壁』(新潮社)など、専門の解剖学、科学哲学から社会時評、文芸時評までを手がける。先生が愛してやまない昆虫の本は当社より『私の脳はなぜ虫が好きか?』『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』が刊行中。

『私の脳はなぜ虫が好きか?』


 『私の脳はなぜ虫が好きか?』(日経BP社)



『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』


 『養老孟司のデジタル昆虫図鑑』(日経BP社)


 【日経BPネット掲載】
 養老孟司のデジタル昆虫記




このコラムについて

養老孟司先生のタケシくん虫日記

本コラムは、『バカの壁』などで知られる養老孟司先生のライフワークである、「虫」についてのあれこれを、つれづれなるままにつづった、いわば「虫ブログ」です。激務の合間を縫って、日本国内はもとより、世界中を旅しながら、いろいろな虫を捕まえ、箱根の別荘兼研究所で標本にし、写真を撮り、電子顕微鏡で眺め、そして考える。そんな養老先生に仕事の手を休めて、ちょっとお付き合いしてみませんか?

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