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ラオス再訪 その4 ムアン村に泊まり、桑の木山を目指す

桑の木山

2008年6月4日(水)

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 若原君の拠点は、チッドさんという「またぎ」の家の下にある小屋である。ここにわれわれ七人と、若原夫妻の九人が寝泊りする。半分は土間、半分は床で、床部分に並んで寝る。昔風にいうならタコ部屋ですな。でも全員がそこに喜んで寝ている。

ここがムアン村の「タコ部屋」。小学校の林間学校みたいで、楽しい。

ここがムアン村の「タコ部屋」。小学校の林間学校みたいで、楽しい。

母屋で食事。足元は土間でございます。

母屋で食事。足元は土間でございます。

今日の虫捕り予定表

今日の虫捕り予定表

 壁は板で、簡単に取り外せる。板の隙間から外が見える。小屋の外見は、このあたりの木造家屋の標準である。屋根は波状の構造で、しっかりしており、滞在中に雨がずいぶん降ったが、雨漏りはない。台所がついていて、ここで若原夫人のソンペットさん、通称ソンさんが炊事をする。

 トイレと風呂場は、外の階段を上ったチッドさん宅、つまり母屋の脇にあり、トイレは手流しの水洗で快適。下にコンクリートの浄水槽を大きく二段構えに設けてあるという。風呂場に浴槽はなく、薪でお湯を沸かし、バケツとたらいを使い、行水をする。温度調節が好きにできて、なかなか快適だというのが、おおかたの意見だった。

 母屋に当たるチッド宅は高床式で、これもタイ系民族の典型的な家である。他方、山岳民族の家であれば、土間になっている。一階の床に当たる地面は、ニワトリやアヒルやイヌ、場合によってはブタからウシまでが走り回る空間である。

 寝るための布団もちゃんと準備されているが、私は夏用の寝袋を持参した。これで十分である。気温はおそらく二十度前後、日中暑いときでも、三十度を越えないと思う。もっとも四月末は乾期が終わって雨期入り直後、いちばん暑い季節に近いはずである。

 熱帯ないし亜熱帯では、海抜 1400m くらいが快適に過ごせる高度であろう。マレーシアならリゾートであるキャメロン・ハイランド、中米はコスタリカの首都サンホセが、ほぼその高度である。キャメロンはムアン村よりずっと南、赤道に近いが、年平均気温が二十度くらい、巾は十八度から二十四度で収まる。念のためだが、ラオスの緯度はほぼ台湾だと思えばいい。

 このくらいが、人間にはいちばん気持ちがいい。その意味では、ムアン村は田舎とはいえ、住みやすい気候に属する。ヴィエンチャンでは暑くて大変だったが、ムアン村ではそういうことはない。

 虫は暑いところに多いが、それなら暑いほどいいかというと、そういうことはない。キャメロンでもオオカブトムシは 1400m より上で出現する。暑さには虫はあんがい弱い。暑くも寒くもないということになると、熱帯や亜熱帯の高地ということになる。だからムアン村の採集に期待が持てるわけである。

こうやって緑色の布を広げておくと・・・・

こうやって緑色の布を広げておくと・・・・

ほら、こんなに美しいテングアゲハが降りてきた

ほら、こんなに美しいテングアゲハが降りてきた

 初日はまず主峰の北に隣接するプーモントン、桑の木山に登る。頂上の標高 2000m。遠くから見ると、ほとんど木がなく、羊歯が地表に密生している。この頂上にテングアゲハが来るというので、伊藤・柳瀬組がそれを撮影しようというのである。現物を見ると、本当に美しいアゲハで、チョウ屋さんに珍重される理由がよくわかる。

 若原君の保証どおり、登頂してまもなくテングが来た。これを上手にとまらせるノウハウを、若原君が知っている。思惑通りにとまってくれたので、それを一目見て、私だけさっさと下ってしまった。禿山では虫が採れない。

 それでも完全に剥げているわけではない。剥げたのはたぶん焼いたからで、登り道には焼け残りの木が見られる。ラオスはともかく山をよく焼く。ここでも焼畑と書いてはいるが、焼け跡をかならずしも畑にするわけではない。とりあえず焼いて木材をとる。生木を切るより、焼いてしまったほうが、木材がとりやすいのは、実際の状況を見ればよくわかる。

 マダガスカルに行ったときも、関東平野ほどもあろうかと思われる平原を野焼きしていた。牧草を生やすためだと教わった覚えがあるが、その牧草を利用して飼うほど、ウシが多いわけではない。あれはたぶん京都の「大文字焼き」と同じで、ただ焼いているのではないかと疑う。ヒトという動物は、火を燃すのが好きなのである。そういう「好み」は無視できない。私はそう思うが、学者という人種は、話を因果にしないと気が済まないから、マダガスカルの学者も、野焼きをレクリエーションだとは決していわない。まあ、ものごとの解釈なんて、そんなものだと思えばいいのである。

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「ラオス再訪 その4 ムアン村に泊まり、桑の木山を目指す」の著者

養老 孟司

養老 孟司(ようろう・たけし)

東京大学名誉教授

解剖学者/作家/昆虫研究家。1937年生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室へ。95年東京大学医学部教授を退官し、その後北里大学教授に。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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