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白黒つけたら、あなた考えないでしょ?~『ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』
村井則夫著(評:山本貴光)

中公新書、960円(税別)

  • 山本 貴光

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2008年6月11日(水)

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評者の読了時間4時間10分

ニーチェ──ツァラトゥストラの謎

ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』村井則夫著、中公新書、960円(税別)

〈だれでも読めるが、だれにも読めない書物〉

 これから読もうという本の扉に、こんな言葉を見つけたら、あなたはどうするか。

 のっけから禅問答? 普通に考えたら、本は読めるか読めないかではないか。知らない外国語で書かれた本や、なじみのない領域の専門書は読めない。でも、それらを除けば、小説でも随筆でも論文でも、私たちは自在に読むことができるのではなかろうか。などと気にしつつ、さらにページを繰ってみる。

〈ツァラトゥストラは、三十歳になったとき、そのふるさとを去り、ふるさとの湖を捨てて、山奥にはいった。そこでみずからの知恵を愛し、孤独を楽しんで、十年ののちも倦むことを知らなかった〉

 小説のような書きだしで、ツァラトゥストラなる登場人物の行状が書かれている。なにもわからないことなどない。「だれにも読めない」は、コケオドシか。

 10年間、山奥で孤独な思索を楽しんだツァラトゥストラは、そろそろ山を降りてみようと決意する。思索に思索を重ねた自分の知恵を人びとに享受してもらおうという意向だ。

 もう少し先を読んでみよう。山を降りて人里へ向かう彼は、一人の聖者に出会う。聖者は、人間になにかを与えようったって無駄だよと忠告する。ツァラトゥストラは意志をまげず、聖者に別れを告げ、つぶやく。「あの聖者は知らないのだろうか。神が死んだということを」と。

 突然口にされる思わせぶりな言葉。意味を受け止めかねている読者を後目に、ツァラトゥストラはどんどん先へと進む。

 最初に訪れた町の広場にたくさんの人がいる。綱渡り師が芸を見せるところだという。これ幸いとツァラトゥストラはさっそく人びとに向かって「あなたがたに超人について教えよう」と説教を始める。人間とは動物と超人の間に張り渡された綱のようなものだ。諸君、従来の偏狭なありようを克服して超人たれ。

 人びとは耳を貸さず、「おい、前口上はいいから綱渡りを始めろよ」と余興をせっつく。出番が来たかと芸を始める綱渡り師。そこへ道化師があらわれ、綱渡り師の後を追い、ついにはその頭上を飛び越える。バランスを失った綱渡り師は、落下して息を引きとる。

 こうした話の流れ自体に、とりたてて不明な点はない。むしろ現実世界から余計なものを取り除いた演劇のようにシンプルだ。しかし、何が起きているかはわかるのだが、いざその意味となるととたんに覚束なくなる。

謎解きの前に、ニーチェの道具立てをまず解明

 上記したのは、19世紀ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェの著作『ツァラトゥストラはこう言った』(以下『ツァラトゥストラ』)の冒頭数ページだ。世上、哲学書に分類される書物だが、他にこんな書かれ方をした哲学書は見たことがない。演劇風といえばプラトンの対話篇があるけれど、あれは人物同士の理性的な会話の様子を描いたもの。

 対する『ツァラトゥストラ』はどうか。物語には一貫した筋らしきものがなく、なにが目指されているのかも見えない。ツァラトゥストラが時折口にする言葉は、気になる響きをもっているものの、にわかにのみこめるものではない。第一なぜ、冒頭から綱渡りの話なんぞが出てくるのか。読めば読むほど謎は深まるばかりだ。

 だが、謎があるところ解読あり。これまでにも何人もの哲学者たちが、この書物に取り組んで、豊かな意味を取り出してみせた。しかし、『ツァラトゥストラ』はそのつど異なる顔を見せる。それだけに、この奇書を読んでしまった読者は、おそらくいくつもの謎を抱えこむことになるにちがいない。

 さて、ここまで書くと、本書『ニーチェ──ツァラトゥストラの謎』の任務もおわかりになると思う。といっても早とちりをしてはならない。本書はゲームの攻略本のようなものではない。つまり、これを読めば『ツァラトゥストラ』の不明点がスッキリ解消という解説書とは一線を画している。

 なにしろ相手は、「こういう意味だ!」と取り押さえれば、その瞬間、スルリと抜け出して「残念でした!」と高笑いをするニーチェである。さりとて、どんな読み方もあり、というわけにもゆかない。

 そこで、著者は周到に事に当たっている。つまり、作品の意味内容を一義的に特定して謎を解くことよりも、ニーチェが『ツァラトゥストラ』という作品においてどんな企みを張り巡らせているかの解明に注力しているのだ。謎の謎たる所以をはっきりさせることで、読者が謎に近づきやすくする作戦と言ったらよいだろうか。

 まず、本書は全二部のうち第一部の紙幅を費やして、ニーチェの作品と生涯を俯瞰している。そこでは、彼が活用したさまざまな概念や文体がどのようなものであったか、つまりメニッペア(風刺文学)、遠近法、系譜学、アフォリズム(断章)、パロディ、アレゴリー(寓話)といった道具立てが確認される。

 第一部を読めば、これまでニーチェの作品に触れたことのない読者も、ニーチェの手法が思想史においていかに斬新であったかを実感できるだろう。その多岐にわたる哲学のスタイルを強いてまとめるなら、一つの思想を絶対視してしまう罠をいかに避けるかという、現代にもそのまま通じる問題意識が根底にある。

 以上を踏まえた第二部では、『ツァラトゥストラ』の全体について、多様な観点から読解の手がかりが示される。先に見た綱渡り師の挿話を例に本書の手際を見ておこう。

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