「デキルヤツノ条件」

15:非情のコメントブレイカー(前編)

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2008年6月13日(金)

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 毎週、読者から寄せられるコメントを非常に楽しみにしている。

 この場合の“非常”は“非情”と置き換えてもいいくらいに、だ。好意的なコメントやこのコラムに出会えてよかったというような最上級の褒め言葉には目を細めるが、批判や反論については感情を押し殺して目を凝らす。

 的外れなコメントも、無礼な文面も、何が言いたいのかよくわからないコメントもしっかり目を通す。中にはたいへん楽しませてくれるものも多いが、何十件というコメントが寄せられると、そこに読者の傾向といったものも見えてくる。

 そして、そのコメントを寄せてくれた読者が“どういう人”なのかを考えるのだ。

 このコラムの前に、私は「長目飛耳」というタイトルの連載をやっていて、これは単行本のあとがきでも触れたことだが、連載を始めるにあたり、私はあらかじめ3つのことを試みてみようと決めていた。

 1つが、それまで書いてきた雑誌の書き方に准じてみる。
 2つめが、雑誌なら企画段階でボツになるだろうネタをあえて拾い上げる。
 そして3つめが、ウェブマガジンでしか書けないテーマを探る。

 以上の3つだった。私自身、ウェブマガジンへの連載は初めてのことであり、「日経ビジネスオンライン」という新しいメディアがどういうものかを知りたかったからだ。

 読者の反応を探りつつ、何を書けば読者が興味を示し、あるいは反響を呼び、何を書くと見向きもされないかを私なりに試していた。だから、ある意味、手探りで始めた連載ではあった。

 しかし、そこから得られるものは多く、言葉は悪いが、読者が食いつくテーマは見事なまでに世相を反映していたように感じられた。寄せられたコメントから察するに、読者の心理はいま現在の日本のあり方そのままと言ってもよかった。だから、デキるやつはコメント欄に目を通しただけで日本の現状を分析できるはずだ。それほどに読者から寄せられるコメントにはたくさんのヒントが隠されていた。

 情報を発信する側にいれば、頂戴するコメントは、いま読者が何を求めているかを知る重要な手がかりになり、また、そういった欲求を把握することが次の企画の取っかかりにもなる。読者の好みや傾向、要望に応えた記事づくりは不可欠で、期待に応えるという意味での使命感や満足感も生む。

 私はその逆を行くことにした。

 「長目飛耳」で、たとえば学生時代、パブでバイトをしていた男性の話を書く。

 バイトにかまけ、単位のほとんどを取得できなかった彼は、いっそのことバーテンに転身するのもアリだと思っていた。そんなとき、店の金を持ち逃げしたチーフが薬物まで使用していた事実が発覚し、彼はもう1人のチーフに説得されて学業に専念することにし、卒業後は念願の商社マンにもなるが、気がつくと40代を迎え、ショーウィンドーに映ったネクタイ姿の自分と過ぎ去りし青春の日々とを重ね合わせる――、といった構成で書いたところ、とても興味深いコメントが寄せられた。

 「20年前の大学生や、社会人の話を聞くと、腹が立って仕方がありません。私は77年生まれ、2000年大卒の就職超氷河期の体験者です。サークルとバイトに明け暮れて、勉強もしなかったくせに一流の商社に就職できた今の40代と、今年三十路を迎える我々を比べると、あまりに不公平なんです。あなた方バブル世代が日本を食いつぶしたせいで、我々は職にありつくこともできなければ、ひどい給料で働くしかなかった。そして、あなた方の部下として扱われたんです。リストラされたのは50代以上。でもバブル世代は当時働き盛りだったために、またもや難を逃れたんです。就職活動で苦しんでた頃、私は本気でバブル世代に賠償してほしいと思いましたよ(後略)」

 三十路という表現を使うあたり女性なのかもしれないが、私はこの奇妙な屈折具合、あるいは強烈な被害者意識とも言うべき不満をどう受け止めたらいいのかの判断に迷った。それとも、いまの30歳はいずれもバブル世代を恨んでいるのか、とも。

 私は急ぎこの読者と同じ30歳を探し、フリーターから起業して年商数億を稼ぎ出す会社をつくったコンピューターグラフィックデザイナーや、食肉用の豚を“生ませる”専門の養豚場で働く若い場長を取り上げたが、あの読者には同い年の彼らの奮闘がどんなふうに伝わったのかをずっと考えていた。不平や不満は誰でも簡単に口にできるが、それを乗り越えて前に進んでくれないものか、というのが私の願いだった。

 もしかしたら、このとき私の中に“デキルヤツノ条件”というテーマが芽生えたのかもしれないが、コラムの輪郭が見えたのは「花嫁は夜行バスに乗って」という恋の話を書いたときだ。

 この物語は、驚くような資産家の家に生まれたお嬢さんと大学院で知り合った男性との“永すぎた春”を綴ったものだ。彼は教授職を目指してひたすら勉学に励む。彼女は両親に反対されながら、故郷の大学から準教授として招かれた彼との長距離恋愛を10年も続け、悩みに悩み抜いた揚げ句、彼のもとに夜行バスで嫁いでいく――、という構成だった。

 「一般的に恵まれた環境にあっても、本人が満足していなければ、そこから飛びだそうとすることは、むしろ当たり前であって、それがいまさら記事になることが驚きだ(後略)」

 この回で寄せられたコメントの1つがこういう内容だった。
 それがいまさら記事になることが驚きだ、とするコメントが私にはむしろ驚きだった。

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著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

デキルヤツノ条件

 誰にでも、周囲に一目置かれ、デキるヤツと思われたいという願望はある。仕事がデキる、部下にも人望がある、仲間にも信頼される、ユーモアのセンスがあって異性にもモテる、金離れもいい、常に自分を磨いている、同性から見ても魅力的だ、セクシー、ダンディ、クール、エトセトラエトセトラ――、数え上げればきりがない。「長目飛耳」の降旗学が、どういうヤツをデキると言うのか、“デキるヤツの条件”を世相と照らしあわせながら探ります。なお、お読みいただくに当たり筆者からひとつお断りがございます。 こちらの文末をご覧下さい

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