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「自分で何とかしなければ」そんな人ほど落ちていく~『反貧困』
湯浅誠著(評:澁川祐子)

岩波新書、740円(税別)

  • 澁川 祐子

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2008年6月13日(金)

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反貧困──「すべり台社会」からの脱出

反貧困──「すべり台社会」からの脱出』湯浅誠著、岩波新書、740円(税別)

 「ネットカフェ難民」という言葉が初めて使われたのは、2007年1月に放映された「NNNドキュメント」(日本テレビ)だった。たまたま深夜にこの番組を観た私は、暗澹たる気持ちを抱えたまま、布団にもぐりこんだことを鮮明に覚えている。

 番組では、10代、20代の男女が昼は日雇い派遣で働き、夜はネットカフェの椅子で眠りながら、100円200円を必死で切り詰めて生活している姿が映し出されていた。ある18歳の女の子の手帳には、「強くなる」「責任感を持つ」の言葉の後に「夜ご飯食べない」という文字が書かれていた。

 どうしてそういう生活に陥ってしまったのか。誰も頼る人はいなかったのか。這い上がるチャンスはどこにもないのか──「夜ご飯食べない」という言葉が放つ切実さに衝撃を受け、疑問が次から次へとわいた。以降気がつけば、私は貧困やワーキングプアを取り上げたドキュメンタリーをチェックするようになっていた。

 この手の話になると、必ず登場するのが「努力が足りないから、貧困に陥った」という「自己責任論」である。むろん、楽して保護を受けようというフリーライダー(ただ乗り)や、仕事を選り好みして夢を追い続けるフリーターもいるだろう。だが、はたしてすべてを「努力不足」の一言で片付けてしまっていいのだろうか。

 家族との離別や死、自身の病気、リストラといった思いがけぬ事態に直面し、それらが引き金となって貧困へと転落していく人々。ひとたび落ちてしまえば、必死で働いても這い上がることは容易ではない。

 「他にやりようがあるんじゃないか」と問われれば、確かに抜け出す道が一つもないとは言い切れないだろう。だが最大の問題は、その日暮らしの不安定な生活によって考える余裕や行動を起こす意欲が徐々に奪われていき、思考停止状態に陥ってしまうことなのではないだろうか。

 そんな私のモヤモヤとした考えを、より明確に言語化してくれたのが本書だ。

 著者の湯浅誠氏は、反貧困ネットワークの事務局長であり、NPO法人自立生活センター「もやい」の事務局長を務めている。貧困が起きている現場での活動を続け、早くからこの問題に声を上げてきた、いわば貧困問題のリーダー的存在である。

 なるほどと思ったのは、貧困の定義を「“溜め”のない状態」と言い表したことだ。

努力する「だけ」だって、必要な条件はある

 “溜め”とは貯金など、金銭的な余剰分だけを指すのではない。頼れる家族や友人などがいるのも人間関係の“溜め”であり、自尊心や自信などを持っていることも精神的な“溜め”となる。貧困とは、単に「お金に困っている」だけでなく、あらゆる“溜め”が失われた状態だというのだ。

〈三層(雇用・社会保険・公的扶助)のセーフティネットに支えられて生活が安定しているとき、あるいは自らの生活は不安定でも家族のセーフティネットに支えられているとき、その人たちには“溜め”がある。逆に、それらから排除されていけば、“溜め”は失われ、最後の砦である自信や自尊心をも失うに至る。“溜め”を失う過程は、さまざまな可能性から排除され、選択肢を失っていく過程でもある〉

 こうした個々人の“溜め”は、傍からは見えにくい。自己責任論を持ち出す人は、多くの場合、自分の努力や大変さだけにスポットを当て、偶然にも自らに備わっていた“溜め”の存在に気づいていないのだと著者は指摘する。そして、誰だって〈がんばるためには、条件(“溜め”)が要る〉、と。

 “溜め”のない人間にいくら「がんばれ」とハッパをかけても、事態はなんら好転しない。それどころか、〈貧困当事者本人を呪縛し、問題解決から遠ざける〉という。

〈ほとんどの人が自己責任論を内面化してしまっているので、生活が厳しくても「人の世話にはなってはいけない。なんとか自分でがんばらなければいけない」と思い込み、相談メールにあるような状態(※)になるまでSOSを発信してこない〉

※「このままでは、自殺を考えるしかありません」「お金もなく野宿も限界です」「マンガ喫茶で朝の数時間の暖をとるのも最後です」「今の所全財産が七円しかありません」「もう死ぬ事ばかりを考えています」といったメール(本書より評者抜粋)

 というのが現状だ。つまり、「自助努力が足りない」のではなく、「自助努力にしがみつきすぎ」たために、落ちるところまで落ちていってしまう人が後を絶たないというのである。

 また、貧困問題を「自己責任論」で放置することは、普通に暮らしている人々、ひいては社会全体の首を絞めることにもつながると警鐘を鳴らす。

コメント30件コメント/レビュー

反貧困を読みました。想像していた以上におもしろかったです。確かに、個人的意図や努力あるいは周りの人の理解があったにしても、この本に出てくるような人は、落下から抜け出せないことが多いでしょう。またごく僅かしかない統計から推定する限り、こうした人々が急増していることも事実ですね。今まで、日本での貧困は例外か特殊なケースとして扱っていた人々や集団、官公庁も、これに向き合わないとならない状況を迎えていることも、わかりました。とても立派な本だと思います。日経などでも、もっと積極的に取り上げて欲しいし、大新聞でもこうしたことに、もっと関心を向けて欲しいですね。メンタルヘルスを取り上げる、数倍はこちらを取り上げる方が、本質的な気がしました。(2008/06/19)

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反貧困を読みました。想像していた以上におもしろかったです。確かに、個人的意図や努力あるいは周りの人の理解があったにしても、この本に出てくるような人は、落下から抜け出せないことが多いでしょう。またごく僅かしかない統計から推定する限り、こうした人々が急増していることも事実ですね。今まで、日本での貧困は例外か特殊なケースとして扱っていた人々や集団、官公庁も、これに向き合わないとならない状況を迎えていることも、わかりました。とても立派な本だと思います。日経などでも、もっと積極的に取り上げて欲しいし、大新聞でもこうしたことに、もっと関心を向けて欲しいですね。メンタルヘルスを取り上げる、数倍はこちらを取り上げる方が、本質的な気がしました。(2008/06/19)

私の周りの人たちの共有意見ですが、今の、日本で仕事の仕方、IT化などで最も遅れているのがお役所です。今時では考えられない省庁間の連携の悪さ、単純なものを複雑化し、仕事のステップを増大させている。行政は、自分で付加価値をつけて利益を造出させた経験のある民間人と交替させるほうがよい。お役人は、以下に天から降ってくる税金を使いきることしか頭にありません。金持ちの2代目みたいなもんです。日本は、これまでの流れを踏襲してけば破滅です。(2008/06/15)

「溜め」って言葉素敵ですね。セーフティネットも必要ですよね。しかし、これを悪用し、生活保護を受けずに一生懸命努力している人より、生活保護費を受給しながら、だらだら生きている人が裕福な生活しているのを見ると生活保護って必要かなとも思います。一部の人が、全体の評価を決めているのだと思いますが、一般の人の苦言は先のようなことが多いです。でも、生活保護って必要ですよね。明日はわが身、相憐れむで、裕福なひとも、貧しい人も、最低限の人間の心を持てる程度の「溜め」をもてるような社会形成を目指したいと思います。なお、生活保護費を受給しながら、裕福な生活している人を排除できるよう行政マンに期待したい。(2008/06/15)

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三品 和広 神戸大学教授