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煮詰まる現代、でもそこまで言う?~『不可能性の時代』
大澤真幸著(評:後藤次美)

岩波新書、780円(税別)

  • 後藤 次美

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2008年6月16日(月)

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評者の読了時間5時間20分

不可能性の時代

不可能性の時代』大澤真幸著、岩波新書、780円(税別)

 大澤真幸は「社会学芸人」だと私は勝手に思っている。

 もちろん、これはホメ言葉。一見、無関係に見える複数の事象を俎上にのせながら、アクロバティックな論理を駆使して、思いもよらぬ結論に導いていく。こじつけ臭さはプンプン匂っているのだけど、それを補って余りある論理の綱渡りっぷりは、一度ハマるとクセになる。

 本書も、書名からして大澤「芸」を期待させる。なにせ『不可能性の時代』である。これが「喪失の時代」や「帝国の時代」だったら、本の内容もうっすらと想像がつきそうなもんだが、「不可能性の時代」とは、はて何のことやら。

 著者は、戦後を25年刻みで区分する。すなわち、1945年から70年までが「理想の時代」、70年から95年までが「虚構の時代」、そして95年以降「不可能性の時代」に入ると。このアイデアは、著者のオリジナルではなく、著者の師匠筋にあたる社会学者の見田宗介が、戦後45年を「理想の時代 1945-60年」「夢の時代 60-75年」「虚構の時代 75-90年」と区分したアイデアの踏襲だ。

 「理想の時代」とは、乱暴にまとめれば、アメリカが日本人の憧れの求心力になりえた時代だ。これを大澤流にいえば、「アメリカという超越的な他者」を日本が受け入れ、措定することに成功した時代だということになる。  ちなみに、大澤社会学では、この「超越的な他者」は超重要キーワードである。大澤独自の概念に「第三者の審級」というものがあるが、これは“共同体を位置づける超越的な他者のまなざし”ってこと。

 理想の時代は、アメリカという「第三者の審級」が機能しなくなり始め、瓦解へ向かった。それが1960年代末期から70年に起きた事態で、そのことの理由として著者は、〈ベトナム戦争からニクソン・ショックへと展開していく過程の中で、「アメリカ」に象徴される第三者の審級への信頼が、決定的な毀損を被ったからではないだろうか〉と推測している。

 さらに、70年代に入って、オイルショックがあり、高度経済成長は終わりを告げた。74年には経済成長率が戦後初めてマイナスを記録した。

〈高度経済成長こそは、理想の時代の後半の経済的な表現であったとすれば、「成長」から「安定」への軌道修正は、理想の時代の終焉を明確に徴づけるものである〉

オウムが転換点。相対化と虚構の海原から逃げ出す先は?

 こうして時代のモードは、「虚構」へと移り変わっていく。新人類、新宿→渋谷という東京の盛り場の変遷、東京ディズニーランド、村上春樹などを参照しながら、「虚構の時代」を次のようにまとめている。

〈この時代を代表する精神を理念型的に単純化してしまえば、現実すらも、言語や記号によって枠づけられ、構造化されている一種の虚構と見なし、数ある虚構の中で相対化してしまう態度によって特徴づけられるだろう〉

 うんうん、この頃の気分なら私も思い出せる。権威を相対化して、時代と軽やかに戯れる。バブルとどっぷり重なるこの時代は、まさしく「虚構」の名にふさわしい。

 だが、虚構との戯れにも終わりがやってくる。著者は、95年のオウム真理教による地下鉄サリン事件に「虚構の時代の極限=終焉」を見取っている。なぜオウム真理教が「虚構の時代の極限=終焉」なのか。

 著者によれば、「理想の時代」から「虚構の時代」への移行は、「反現実の度合い」が高まることであり、そこには「現実からの逃避」と呼ぶべきベクトルが働いている。ところが、「虚構の時代」が煮詰まった現代社会では、逆に「現実への逃避」が広範囲に見て取ることができるという。

 たとえば、リストカットのような自傷行為によって、自らの身体の上に生み出される痛みは、〈どんな現実よりも現実らしく、現実を現実たらしめているエッセンスを純化させたもの〉だし、ゲームやアニメにハマるオタクたちが求めているのは、〈ほとんど虚構の意味(物語)の理解を媒介としない、神経系を直接に刺激するような強烈さである〉

 リストカッターたちは、自分が生きている嘘くさい現実に耐え切れずに、自傷行為という、より生々しい「現実」に走る。オタクたちのキャラ萌えは、物語をすっ飛ばして、ほとんど生理的に特定の絵柄に反応する。

 さあ、お立ち会い。ここが著者の真骨頂だが、「虚構の時代」の身振りである相対主義を純化していくとどうなるか。

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