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東アジア共同体に背を向けて~『新 脱亜論』
渡辺利夫著(評:荻野進介)

文春新書、890円(税別)

  • 荻野 進介

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2008年6月17日(火)

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新 脱亜論

新 脱亜論』渡辺利夫著、文春新書、890円(税別)

 先日、中国・上海にある知人(中国人)の会社を訪ねた。部屋の一角に、かなり大きな中国の地図が貼ってあった。日本が真ん中にあり、海を隔てて左側にユーラシア大陸が広がる地図を見慣れている目には、その地図は奇異なものに映った。

 中国人によって、中国人のために描かれた地図だから、当然、中国が中心であり、その上にロシア、左下にインド、そして、朝鮮半島が小さく突き出て、右のはしっこに日本列島がある。その弓状にしなった、4つの島の連なりが、思いのほか小さかった。皇帝、中国につき従う家来のようにも見えた。

 政治現象と地理的条件の関係を研究する学問を地政学というが、本書はその地政学を下敷きにしている。

 著者の問題意識はこうだ。周辺国の敵対的行動(韓国・北朝鮮は反日、中国は侮日、ロシアは資源大国として復活し日本を圧迫する可能性が出てきた)が目立つ、日本を取り巻く昨今の東アジア情勢は、約100年前の日清・日露戦争期に先祖返りしたかのよう。改めて、その地域を巡る、当時の成功と失敗から学ぶ必要があるというのである。

 福沢諭吉が説いた「脱亜論」は、遅れたアジアを無視して進んだ欧米に目を向け、その文物を積極的に取り入れよう、という表面的な主張のように捉えられがちだが、それは間違っている。

 「脱亜論」には〈我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり〉という著名な文章があるのだが、その「悪友」こそが清と朝鮮。欧米列強による蚕食という危機的状況に対する認識が甘く、独立を維持する気概が欠如していたのがこの両国であった。

 アジア一般ではなく、これら2つの隣国と親しくするのを止め、自らのアイデンティティを東洋にではなく西洋に求める。それによって日本の自立が可能になると福沢は述べたのである。

 単なる歴史事実ではなく、当時の政治家やオピニオンリーダーの言行を詳しく紹介する本書は、この福沢と同じ時代認識で外交政策を展開した陸奥宗光と小村寿太郎を高く評価する。それぞれ日清戦争、日露戦争時に外務大臣を務め、日本の勝利に多大な貢献を果たした人物である。

 日清戦争とは朝鮮半島を巡る日清間の覇権争いであった。陸奥は、朝鮮が清の属国と化している関係を解消させ、朝鮮の自主独立を果たさなければ日本の将来は危うい、つまり日清戦争は日本の自衛にとって不可避のものと考えた。

 著者は、この戦争を二国間戦争に限定し、第三国に干渉の余地を与えては勝利できないことがわかっていた点で陸奥を賞賛する。

「外交とは国益の確保である」

 陸奥は、第三国の干渉を排除するために、清を戦争の「主導者」とし、一方の日本はやむを得ず戦端を開いた「被動者」であるように装う戦略をとった。どうやったか。

 日清戦争勃発の契機は、朝鮮半島で起こった農民反乱(東学党の乱)というのが教科書的な知識だが、その直後、陸奥が清に突きつけた「日清共同内政改革提案」なるものがあったという。

 東学党の乱は日清両国の派兵によって終息した。そこで陸奥は、「今後の朝鮮のあるべき改革について、両国がきちんと話し合いましょう」という同提案を、清に拒否されるのを見込んで提示し、日本が戦争に突き進まざるを得なかったという図式を演出したというのだ。

 しかも清の全権を握る李鴻章の意を受けたロシア、イギリス、アメリカが、日清間の抗争激化を食い止めようと、日本に働きかけたが、陸奥の決意は揺るがなかった。清は列強との交渉に時間を費やしたがために、戦争準備において日本の後塵を拝すことになり、それが敗戦につながったという。実は、海軍力という面では清が大きく日本を上回っていたにもかかわらず、である。

〈外交とは友好や善隣ではない。国益の確保そのものである。陸奥の思想と行動はこのこと、つまり外交の「原型」を示して余すところがない〉

 一方の小村寿太郎は、駐韓公使、駐露公使を歴任していた時代から、領土膨張というロシアの野心を粉砕することに専心してきた。彼が最も評価されるべきは日英同盟の足がかりを作った点にあるという。

 当時、日本国内では、満州の利権をロシアに譲る代わりに朝鮮半島における日本の支配権を認めさせようという「日露協商論」と、ロシアが満州を獲れば国境を接する朝鮮も必ず狙って来るから交戦は不可避であり、逆にできるだけ早く開戦すべきだという「対露強硬論」が並立していた。

 ここにおいて、日英同盟という卓抜なアイデアを付け加え、両者の利害得失を冷静に分析しながら、元老会議で首脳部の意見を後者に統一せしめたのが小村であった。

 しかも陸奥と同じく、第三国が干渉できないよう、清、アメリカ、ドイツといった国に働きかけ、外交努力を重ねた。これを「開戦外交」という。

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