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ふさぎこみに染みる『バーボン・ストリート・ブルース』
~どうだっていいじゃないか、時代なんて

2008年7月2日(水)

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バーボン・ストリート・ブルース

バーボン・ストリート・ブルース』高田渡著、ちくま文庫、720円(税抜き)

 向けられたカメラを、じぃっと見据え、ニカッと表情をくずす。

 しゃべるのは、ぼそぼそと。手にはコップ。ロレツはすこしばかり怪しい。

 映画『タカダワタル的ゼロ』(監督・撮影、白石晃士)で、なじみにしている焼き鳥屋のカウンターでインタビューに答える高田渡の顔が、ときおりワタシの脳裏にあらわれる。思い通りにいかないときなど、とくにだ。

 のんべえシンガーとして、死後もますます伝説化しつつある高田渡。自伝ふうのエッセイである本書を読みながら、いろいろ考えた。

 中古市場では、2001年に出た本書の親本に1万円以上の値段が付けられ、廉価な文庫が出たいまでも高値を保っている。

 旅先で、亡くなって2年。『タカダワタル的ゼロ』の中で高田渡は、セガレやムスメ世代の若者たちから、おもしろがられていた。

 仙人の風情。しわがれた声で、ウケようと何かするとか、ちょい不良だったりするでもない。だらしないくらい、あるがままの自然体。若者には、それがいいらしい。

 50歳をこえたぐらいで骨董品のように扱われ、死んでからもまったく人気が衰えたりしないのは、中島らもと高田渡くらいじゃないか。

 ふたりに共通しているのは、ハエがとまりそうなおっとりとしたしゃべり。それに、酒。もうひとつある。

 ガンコ。

 流行の波が来れば、乗っかる。でも、おしゃれな男に豹変したりすることもなく、自分の生き方を変えなかった。

 ガンコといえば、もうひとりくわえてみたいのが、ライターの永沢光雄。しかし、ひろく世間に知られる前に、含羞の人のまま向こうの世界にいってしまったのが残念である。

 さて。高田渡。デビューは60年代末。プロテストソングが活気をなした時代に、「自衛隊に入ろう」で知られることになる。

 高田渡=「自衛隊に入ろう」なほど、彼にとっての代表曲。自衛隊のPRに使わせてほしいと防衛庁から打診があったとか。ある反戦集会では、やめろとヤジが浴びせられたとか。皮肉を効かしたものだけに、わからないひとにはわからない、わかるひとには伝わる歌だった。

〈僕の歌は、反権力という点で根っこは同じでも、主義主張を正面からぶつけるのではなく、遠回しに表現するタイプのものが多かった。/あたりさわりのないことを歌いながら、皮肉や批判や揶揄などの香辛料をパラパラとふりかけるやり方が好きだったのだ〉

 高田さんは子供のころ、ひどい吃音だった。どもらなくなったのは、歌うようになってから。好きなことに夢中になっているうちに治っていた。ゆったりと話す、独特の間は吃音が関係していたのかもしれない。

 〈人間は、なにかコンプレックスがあると、ほかの方法でそれを乗り越えようとする。その方法というのが僕にとっては歌だったのかもしれない〉と書いている。

 十代のころには、フォーク・シンガーのピート・シーガーに会いたい一心で、アメリカに行こうとした。英語などろくにしゃべれなかったが、思いたったら行動の人で、何年かしてピート・シーガーが来日したときには、宿泊しているホテルに駆けつけ、本人からコンサートのチケットをもらうなどしている。

間近で見た彼は、こんな人

 ずいぶんとむちゃをする人でもあったらしい。仙人シワの一本一本は、そうした若気のアクションの積み重ねなのか。おっとりとしたイメージを裏切る青春まっしぐらなエピソードが面白い。

 むかし一度、間近で高田さんを目にしたことがある。フォークの神サマたちが集まった地方のコンサート。カミシモなく胡坐を組んだ大部屋の楽屋で、うすめた焼酎をどんと置き、舟をこぎながらときおり、むにゃむにゃと語りだす。丸めた背中がおおきなネコのようだった。

 小さな会場であっても、不満を口にするでもない。気合を込めるわけでもない。ドサ回りといわれる旅の話がいきいきしている。暴走族だった人たちが主催するコンサートや、先々で「どうやって持って帰れというのか」というくらい、米や味噌や乾麺や鮭をお礼にもらったりしたことなどを、こんなに苦労したとかヒサンだったとか言わず、一期一会の楽しい記憶として綴り、自慢してみせる。

 呼ばれたら、どこへなりとも出かけていく。ひょうひょうとしたスタイルは、俺はアーティストだとか鼻を高くしていたら、やれてなかったことだ。

 お金をいっぱい稼ぎ、忙しく走り回って、ひとから羨ましがられる。そんな生き方が素晴らしいと思いこんでいる人たちの目からすると「なんだ、このおっさん」かもしれない。

 まあ、そうなのだが、どう見られようが、思われようが、「高田渡」は誰に対しても、どんな場所でも態度を変えない。

〈そもそも“売れる”というのは地上からわずかに浮上したようなものである。しかし浮いたものはいつまでも浮いたままでいられない。絶対に落ちることになっている〉

 勘違いをしちゃいけない、と高田渡は言う。

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中谷 巌 「不識塾」塾長、一橋大学名誉教授