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個人なし、個性なし、自由恋愛なし、されど面白し~『落語の国からのぞいてみれば』
堀井憲一郎著(評:朝山実)【奨】

講談社現代新書、740円(税別)

2008年7月1日(火)

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落語の国からのぞいてみれば

落語の国からのぞいてみれば』堀井憲一郎著、講談社現代新書、740円(税別)

 碁盤を刀で、真っ二つに斬る。『柳田格之進』の最後の見せ場で、立川志の輔は、利き腕である左腕を振り上げバッサリ、としないように気をつけているという。

 以下は著者が、志の輔から直接聞いた話だ。

〈「いや、江戸時代だって左利きのサムライはいただろう。気にせずそのまま左で斬ればいいんじゃない」と暢気な先輩の噺家に言われたことがあるらしい。そういう問題じゃない、と志の輔は語る。左手で刀を扱った瞬間に、柳田格之進が消え、志の輔が出てきてしまう。それではダメだと言う〉

 ひとによっては、芸人ひとりのこだわりのように思われるかもしれない。だが、ダメだというからには理由がある。舞台のカミとシモ、着物の右前と左前、切腹の作法などを例にあげ、著者は、江戸時代にも一定の割合で左利きはいたにせよ「左利きのサムライ」は存在しなかったと言い切る。

〈昔の武器の扱いにはルールがあり、使う手も決められていた。刀の扱いの左右も決まっている〉

 刀は、左の腰に差し、右手で抜く。人と座敷で対面する場合には、必ず自分の右横に置く。これらは絶対のルールであって、右側に置くのは咄嗟のときに抜きにくいから。つまり、争う意思はないと告げる意味がある。

 左利きなら右の腰に差せばいいじゃないか。そのほうが有利だよ、という人もいるかもしれない。ワタシも、そう思った。

 しかし、そんな想像は、いまどきの感覚。サムライは「公的な存在」で、定まった所作は厳守されるべきもの。なによりこの時代、左利き用の武具を作るなんてことは不合理だし、少数は多数に合わせるのが当然と考えられていた。剣道で、逆手に構える人がいないのはその名残りらしい。

 著者は高校時代、落語研究会に所属。人間国宝・桂米朝の落語を子守唄がわりに聴いてきたというだけに、知識量はハンパではない。上記した刀の持ち方以外にも、江戸と当世じゃ、モノの考え方は土台から異なっていたことを、落語の世界へ誘いながら開陳していく。

 落語には、とぼけた相棒と旅をする噺が多い。物は試し、著者も東海道を歩いてみたという。

 最初は若者二人をつれ、東京の日本橋から京都の三条大橋まで、徒歩で延べ23日。これではゆっくりすぎると再度、日本橋から名古屋まで、7日で歩いた。

〈東京から名古屋まで七日で歩くってのは、ほとんど走っているようなペースである。二度、こういう歩き方をして、いろんな江戸時代が見えてきました〉

 宿場から宿場を目指す、急ぎ足。連れが「あ、ホリイさん、義経の石だって」と名所旧蹟を見つけて呼び止めようとも、簡単には止まれない。その無理かげんは、クルマの助手席にいる人から、「あ、蕎麦屋があった。入ろ」と言われるのに似ているという。

相撲というものは

〈厳密に言うと、まあ、止まれますよ。すぐにではなくて、数歩くらいたたらを踏んで止まることはできる。でもね、急に止まれないくらいのスピードというのは、歩いていてけっこう心地よいスピードで、このスピードで調子よく歩くようになるまで、少々時間がかかったわけです〉

 そんなに急がずともよいではないか。それはそうだが、ゆっくり歩きでは旅費がかさんでしまう。だから、弥次さん喜多さんも街道ではけっこう早歩きをしていたにちがいない。

 あるいは、大相撲。いまでこそ「国技」と謳われているが、もとをたどれば人集めの「興行」のひとつだったとか。

 一昔前はハワイやトンガ、最近はモンゴルにブルガリア、ロシアと番付の出身地に「外国」が目立つことを嘆く人もいるが、江戸時代の感覚で見れば、おかしなことでもない。当時の信州、武蔵、備前は、江戸や大坂からすれば「よその国」で、遠くから力士を集めるほど、興行の価値は上がった。

 土俵入りするだけで、相撲を取らない大関もいたという。観客は、力士を、ぼぉーっと眺めては、「でっけーなー」「大きうおますなあ」。大仏を見上げる感覚。注目されるだけで十分、大関の役目を果たしたことになる。

 現在の新弟子検査における「身長173センチ、体重75キロ以上」も、力士の健康面を考えてのことだと言われているが、むしろ興行的サービス。ざっくばらんに言えば、江戸の大相撲は、客にとっては神社の怪しげな見世物小屋と同格だった。その証拠にと『軽業』という噺を紹介している。

「さあ評判の取ったり、見たり、飛び入り勝手次第じゃあ」

 道中、田舎の祭礼に遭遇した喜六と清八の二人は、呼び込みの声に足を止めた。「飛び入り勝手次第」という言葉にひかれ、二人は小屋に入っていく。

 「ずっと正面」という声に押されて、奥に進んでみものの、そこには汚いおっさんが一人、正面を向いて座っているだけ。腕に覚えのある喜六は、力士を相手に勝負と意気込んでいただけに声を張り上げ、「このおじやん、座って何やゴソゴソしているが、これが何で取ったり見たりや」。

 「あんじょう見てみいな、着物を脱いで、シラミを取ったり見たりしているじゃろ」と呼び込みに言い返され、自分たちはそれを見物するのにカネを払ったと知る。「飛び入り勝手次第とも言うてたな」と尚も喜六が問えども、「気があったら一緒に取ってやっておくれ」。

 いまどきこんな商売をしようものなら、大喧嘩のもと。しかし、騙されたほうがバカ。長閑とも言えるし、ハナからインチキを楽しむゆとりがあったのかもしれない。

 もうひとつあげると、恋愛と結婚についての分析が面白い。

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